shoryu38の特撮・ヒーロー日記

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『LOGAN/ローガン』(2017年公開)

『LOGAN/ローガン』(LOGAN)

2017年3月3日アメリカ公開

監督 ジェームズ・マンゴールド

脚本 スコット・フランク ジェームズ・マンゴールド マイケル・グリーン

 

X-MENシリーズ第10弾にしてウルヴァリンシリーズの第3弾。

 

ローガンとローラの親子関係の話なのだが劇中では二人きりの場面は終盤まであまり無い。中盤まではチャールズを中心に置いて、チャールズとローガン、チャールズとローラの組み合わせで話が進んでいる。

チャールズとローガンの話ではチャールズはアルツハイマー病に冒されていてローガンはその介護をしている。かつてローガンに居場所と未来を作ってくれたチャールズだが今はその面影は無く、逆にチャールズの存在がローガンの居場所と未来を奪う事になっている。チャールズがローガンに向かって「お前は私が死ぬのを待っている」と罵る場面があるが、実際、ローガンの行動の全てはチャールズの死を見て決められている。おそらくだがローガンは既に生きる意思を失っているのだが、それでも彼が生き続けているのはチャールズがまだ生きているからであろう。チャールズが死んだ時、ローガンは自分もアダマンチウムの弾丸で自殺するつもりだったと思われる。

一方、チャールズとローラの話ではチャールズはローラとローガンに暖かい居場所や未来を与えようとしていた。これはアルツハイマー病に冒される前のこれまでのX-MENシリーズにおけるチャールズの役回りであった。

本作はローガンとの場面でアルツハイマー病に冒された後のチャールズを、ローラとの場面でアルツハイマー病に冒される前のチャールズを描いている。そしてローガンは「チャールズに絶望を抱いたローガン」で、ローラは「チャールズに希望を抱いていた頃のローガン」と言う立ち位置になっている。つまり、チャールズとローガン&ローラと言う話になっているのだ。

 

ローガンとローラの親子の話が本格的に始まるのはチャールズが死んでからとなっている。それまでにも二人の場面はいくつかあるのだが意外と少ない。おそらくこれはローガンが過去の経験からローラを愛さないように避けていて、それと同じくローラもローガンの事をどこか避けていたからであろう。途中まではそんなローガンとローラの間にチャールズが入っていたのだが、そのチャールズが死んだ事で二人は直接向き合う事になり、段々とお互いの事を受け入れるようになり、最後はローガンとローラが力を合わせてX-24を戦う事となる。

 

X-MEN』は過去の記憶を失ったその日暮らしの男ローガンがローグと言う少女と出会い、最後は二人とも「未来」を考えられるようになる話であった。

本作のローガンは記憶こそ失っていないが学園の仲間達を失っている。チャールズと海の上で過ごすと言う目的はあるがそれはあくまで「死に場所」を決めただけである。そんなローガンが今度はローラと言う少女と出会い、やがて彼女達の「未来」を考えるようになる。ローガンはチャールズが死んだら自分も自殺して後を追うつもりだったと思われるが、実際にはそれをしなかったのはローラがいたからであろう。ローラと言う少女の存在はローガンの死を先送りして「未来」を考えられるようにしたのであった。

 

恵まれし子らの学園の関係者達を始め、数多くのミュータントが姿を消した原因がチャールズにあったと言う衝撃の事実。しかし、チャールズの能力をフルに使えば全世界のミュータントや人間を抹殺出来ると言うのは既に『X-MEN2』で語られている。ストライカーのようなミュータントを憎む人間ではなく、ミュータントを最も愛する者の一人であるチャールズがミュータント絶滅のトリガーと言うのが悲しい。

そしてそのチャールズの命を奪うのがローガンのクローンであるX-24と言うのが辛い。ローガンは愛するチャールズが自分と同じ顔をした男に殺されたのを知る。それはローガン自身の心の何処かにあった「チャールズの死を待っている」と言う罪悪が表に出てしまったかのようであった。

因みに、最初は人を殺す事に罪悪が無かったローラだが映画を見たり話をしたりする中で人を殺す事について考えるようになる。そんなローラが最終決戦で父ローガンを助ける為に父と同じ顔をした男を銃で殺すと言うのも業が深い…。

 

ミュータントの数が激減した理由の一つにトランシジェン研究所が食物を品種改良してミュータントが誕生しないよう人間の体質を変えていたと言うのがある。この体質変化によるミュータント能力の消失は『X-MEN:ファイナル・ディシジョン』のキュアを思わせる。ミュータントを「病気」と捉えるのならトランシジェン研究所の行いは「治療」と見る事が出来るが、そう簡単な話ではない事は『X-MEN:ファイナル・ディシジョン』でも描かれている。

また、トランシジェン研究所は自然発生のミュータントを激減させた後に人工ミュータントを作り上げて生物兵器として商品にしようとしていた。これはもはや人間と言う種を商品化すると言う恐ろしい考えである。本作では冒頭でローガンがリムジンでの送迎を生業にして生きていく為の金を工面する描写があるが、「金」と言う価値観を身に付けた人間の行きつく果てを垣間見たようであった。

 

ローガンのクローンとしてX-23(ローラ)やX-24が登場する。このウェポン計画は『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』にも出てきたもので、ローガンがウェポンXでウェイドはウェポンⅪとなっていた。

ウルヴァリン:X-MEN ZERO』ではローガンの兄であるビクターが登場していたが、ローガンと同じ能力を持つが人間の心を持たなかったX-24の存在はローガンと同じ能力を持つが人間の心を失っていったビクターに通じるものがある。因みにローラと同じくアダマンチウムの爪を移植された女性として『X-MEN2』に登場したレディ・デスストライクがいる。戦争の中に身を置いていく中で人間の心を失っていったビクターはローラと、最初から生物兵器として作られたレディ・デスストライクはX-24と通じる部分がある。ミュータント絶滅計画もだが、結局、人間は同じ事を繰り返していく存在なのかなと感じる。

 

本作は「辛い過去が原因で社会から距離を置くローガン」「ローガンが再生能力を失う」「女性と一緒に逃避行を続ける」「死に時を見定める」と『ウルヴァリン:SAMURAI』に近い構図を持っている。『ウルヴァリン:SAMURAI』では全体的に掘り下げが弱い感じがしたが、本作は『デッドプール』と同じくR指定作品となった事で、これまで踏み込めなかった描写が出来るようになり、ウルヴァリンシリーズが持つテーマを明確にする事が出来た感じがする。

 

本作では『X-MEN』のコミックが一つの鍵として登場している。劇中では「実際にあった事を誇張して描いた漫画」としているが、アメコミを原作にした映画でアメコミそのものを劇中に登場させた事で本作はヒーローコミックについて語る一種のメタ的作品となった。

本作の時系列は『X-MEN:フューチャー&パスト』のラストシーンのその後と見る事が出来るが、『X-MEN』のコミックが劇中に登場して作品がメタ的要素を持った事で、これまでのX-MENシリーズとは世界観が繋がっていないと見る事も出来る。本作は映画X-MENシリーズが17年にわたって作り上げた世界観に組み込まれるものではなく、『X-MEN』と言うコミックを基に作られた「ヒーローコミックについて語る一つのメタ的作品」なのかもしれない。

 

見終わった後の感想としては、もっとウェットな作品になるかと思いきや予想よりドライであった。でも、このどこか乾いた感じがウルヴァリンシリーズらしいとも言える。

 

人工ミュータントの子供達のリーダーが車を持ち上げた能力はひょっとしてエリックの能力だったのかな? 人工ミュータントの子供達は他にもアイスマンの能力を持った子供もいた。個人的にはスコットの能力を持った子供がローガンやローラを助ける場面とか見たかったな。

 

本作をもってヒュー・ジャックマンウルヴァリン役を引退する事を表明している。17年間、ありがとうございました。

 

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