shoryu38の特撮・ヒーロー日記

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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017年公開)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(GUARDIANS OF THE GALAXY VOL.2)

2017年5月5日アメリカ公開

監督 ジェームズ・ガン

脚本 ジェームズ・ガン

 

マーベル・シネマティック・ユニバース第15弾でガーディアンズ・オブ・ギャラクシーシリーズの第2弾。

 

登場人物が多いがそれを上手くまとめている。

今回はエゴ、ヨンドゥ、ネビュラ、マンティスのドラマがメインだが、エゴはピーターと、ヨンドゥはロケットと、ネビュラはガモーラと、マンティスはドラックスとセットになっているので、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーメンバーの描写もちゃんとしている。

また、ヨンドゥとネビュラは前作でも出番が多くて基本設定や性格は既に紹介済み、エゴもその存在への言及がチラホラあったので、今回の作品に新しく登場したキャラはマンティスとソヴリンの民くらいとなっていて、新しく説明しなければいけない事が実は少なかった。ここは前作と今作を同じジェームズ・ガンが担当したのが大きいのかもしれない。

 

エゴと言う存在のスケールはマーベル・シネマティック・ユニバースの中でもかなり強大なものとなっている。劇中では悪役になっていたが、妻や子に対する愛情が全くの嘘と言うわけではなく、おそらくは寿命や自分の領域が人間とは全く違うので、どうしても人間の考えとはズレが生じてしまうのだと考えられる。惑星エゴでマンティス以外は生命体がいない暮らしをしていたらしいが、もし地球に留まってメレディスと一緒に暮らしていたら、ひょっとしたら違った結末になっていたかもしれない。

エゴは天界人との事。前作でコレクターがかつて天界人がインフィニティ・ストーンを集めていたと説明している。ピーターがオーブを扱えたのはこれが理由なのだろう。インフィニティ・ストーンはマーベル・シネマティック・ユニバースにおいて超重要アイテムで今後はそれを巡ってサノスがいよいよ前面に出てくると思われるが、ここにきてピーターがサノスに対抗できる存在として急浮上した。しかし、エゴが死ぬとピーターも力を失うらしいので、もうインフィニティ・ストーンは使えないのかな?

 

マーベル・シネマティック・ユニバースは親子の話が多い。それこそ最初の『アイアンマン』のトニーとオバディアの関係が疑似親子であった。これまではオバディア、ロス、オーディン父親役は問題を起こす事が多く、トニーがオバディアを、ロキがラウフェイを倒すと言ったように親殺しも度々行われていて、本作のエゴも彼らと同じなのだが、ここに来てヨンドゥと言う新たな父親像が提示された。

マーベル・シネマティック・ユニバースではトニーがウルトロンを作ったり、スパイダーマンことピーター・パーカーの親代わりのような事をするようになっているので、これまであった「古い時代や様々な問題の象徴しての父親を倒す」と言う展開から「父の思いを子が受け継ぎ、新たな時代を生きる」と言う展開へと変わっていっているのかもしれない。ひょっとしたらそれは今後予想されるマーベル・シネマティック・ユニバースの主要キャラのキャスト交代にも繋がるのかもしれない。

 

自分はヤンデレシスコンネビュラさんが好きだったので今回はドラマが多くあって良かった。彼女は相手に勝つ事でしか自分を認めさせられないところがあるが、おそらくそれはサノスの教育のせい。

これまでのマーベル・シネマティック・ユニバース作品ではサノスはほんの少ししか出ていないので一体どういう風にドラマが展開されるか謎だったが、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーシリーズにネビュラとガモーラと言う娘が出てサノスには父親と言う側面が付けられた。そして上に挙げたようにマーベル・シネマティック・ユニバースでは「古い時代や様々な問題の象徴しての父親を倒す」と言う展開が繰り返されている。おそらくサノスとの戦いではネビュラとガモーラがかなり重要な役目を果たすと考えられる。

 

マンティスは本心を明かさないエゴの説明役として登場。彼女がいないとガモーラやドラックスがドラマに絡むのが難しくなっていた。

実を言うと、エゴがマンティスと一緒に暮らしていた理由がイマイチ謎。終盤で明かされたエゴの性格を考えるにマンティスを拾って育てる必要があるのか疑問。

マンティスは自分はエゴが眠るのを手伝うと言い、実際にマンティスにはエゴを眠らせる力があった。このマンティスの話を全部本当だとすると、エゴは「子供の事を考えて眠れない」となる。子供の事を考えると眠れないと言う事にもっと正面から向き合えば、エゴとピーターは違った結末を迎えられたと思うが、残念ながらエゴはマンティスの能力を使う事でその問題から目を背けて誤魔化してしまった。

劇中でも繰り返し述べられているがピーターには仲間や家族がいる。それに対してエゴは仲間や家族がいなかった。手に入れるチャンスがありながらもそれを捨ててしまった。それが最終的に彼を破滅に追いやる事となる。

 

ソヴリンの民は出番が少なく、またそのキャラクターもかなり単純化されているが、次回作にも登場するようなので、今回はそれに至る前振りと考えられる。意外と人間味溢れる人達だったので、憎たらしくていけ好かない奴らだけど面白い人達であった。

本作は前作にあった要素の殆ど全てを綺麗に解決して残るはサノス関係くらいとなっていた。サノスとの話はアベンジャーズシリーズで決着を付けると思うので、実はガーディアンズ・オブ・ギャラクシーシリーズは前作と今作の二部作で完結しても良い感じになっていたのだが、そこから三作目に話を繋げる為にソヴリンの民を出したのだろう。

 

今回は前作以上にコミカルな雰囲気が強くなり、テイザーフェイスやソヴリンの民も憎まれ役でありながら知能指数を低くしてどこか可愛げのあるキャラになっている。その結果、中盤まではギャグ作品に近い雰囲気になっていて、ラヴェジャーズの内乱ではかなりの人が死んでいるのだが、それがあまり悲惨にならないようになっている。ドラマも弱めにしてあって、その分、キャラクター達の掛け合いを楽しむ作りになっていて、全体的に「家族で楽しく見られる」を目指しているように思える。でも、全編通してこのノリで作られているわけではなく、中盤までの雰囲気が終盤の展開をより引き立たせる事となり、この辺りはかなり計算されて作られていると感じた。

オープニングやエンディングも色々と工夫があって途中で観客が飽きないようにされていた。最近はアメコミ映画の上映時間が長くなってきたと言う問題点があったが、本作は最初から最後まで観客が楽しめるようにかなり綿密に作り込んでいる。全体的にレベルの高い作品であった。