shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『怪獣少年の<復讐> 70年代怪獣ブームの光と影』(切通理作)

『怪獣少年の<復讐> 70年代怪獣ブームの光と影』(切通理作

 

怪獣使いと少年ウルトラマンの作家たち』を書いた切通さんの新作。

 

怪獣使いと少年』は「怪獣使い」である金城哲夫さん、佐々木守さん、上原正三さん、市川森一さんの人生と「少年」である切通さんの人生を重ね合わせる事で「怪獣使い」と「少年」を結び付ける内容であった。それはそのまま本を読んでいる僕達「読者」も自分の人生を金城さん達や切通さんと重ね合わせる事になり、一つの本を通して「怪獣使い」と「少年」と「読者」を一つに結び付けるものであった。『怪獣使いと少年』は人気があり、一昨年には「増補新装版」も出たが、その人気の秘密はこの「本を読んでいく中で得られる一体感」にあると自分は思う。

 

さて、今回の『怪獣少年の復讐』であるが、作品に関わった人々の人生について触れる部分は少なくなっていて、「作品のこの部分はこういう意図があって作った」「この作品は当時のこういう状況の中で出来たものだ」と言う作品についての説明が多く、対する切通さんも自分の人生を作家達とシンクロさせる部分は少なくなっていて、「自分はこの作品を見てこういう風に感じた」と言う当時の受け手としての感想が多く、当時を知らない自分としてはちょっと疎外感を受けた。しかし、今回はその「読者が疎外感を感じる」と言うのが重要だったと思える。

自分がウルトラシリーズを本格的に見始めたのは「ウルトラマンは『新世紀エヴァンゲリオン』の元ネタの一つらしい」と言う話を聞いてからだったので1996年頃となる。その頃にちょうど放送を開始した『ウルトラマンティガ』を飛び飛びに見て、『ティガ』が面白かったので次の『ウルトラマンダイナ』からちゃんと見るようになった。昭和ウルトラシリーズに関してはレンタルビデオ店に通って見るようになったのはもう少し後で2000年頃の事だったと思う。そんな自分が昭和ウルトラシリーズを見た時、いくつかの話で理解出来ない部分が出てきた。それは放送当時の時代やら流行やら雑誌や玩具との連動やらが関わっている部分で、後の時代になってビデオでTV本編だけを見る自分には知らない部分であった。

今回の『怪獣少年の復讐』はその「後の世代の人達が知らない70年代ウルトラのパーツ」であるのだ。なので今回の本で自分が「疎外感を感じた」のは当然である。なにせ「自分が知らない部分のお話」なのだから。『怪獣使いと少年』が「読みながら自分自身を見つめ直す本」であったのなら、今回は「70年代のウルトラを見る時に分からない部分を補完する本」と言える。「『小学◯年生』をかたわらにTVの番組を見る」と言う話があるが、それと同じで「『怪獣少年の復讐』をかたわらにパソコンで過去の作品を見る」と言う為の本なのだ。21世紀のウルトラファンの為の学年誌と言えるかもしれない。(『小学30年生』とかかなw)

ウルトラシリーズは今後も見続けられると思うけれど、時代が経てば経つほどに放送当時を知らない人が増えてくるので、こういう放送当時の状況を伝える本は今後もっと増えていってほしい。

 

因みに題名の『怪獣少年の復讐』であるが、読む前は「怪獣少年」=「切通さん」かと思ったのだが実際に読むと「怪獣少年」=「当時の制作者達」だったのかなと思えてくる。これまで掘り起こされる事が少なかった70年代の怪獣作品に関わった人達の思いが本を読む事で現代に蘇ると言う意味で『怪獣少年の復讐』だったのかなと。