shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年公開)

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(CAPTAIN AMERICA CIVIL WAR)

2016年5月6日アメリカ公開

監督 アンソニー・ルッソ ジョー・ルッソ

脚本 クリストファー・マルクス スティーヴン・マクフィーリー

 

マーベル・シネマティック・ユニバース第13弾でキャプテン・アメリカシリーズの第3弾。

ここからフェイズ3へと突入する。

 

登場人物が多い事で『アベンジャーズ2.5』とも言われている本作だが、劇中登場人物の殆どがキャップの動向に注目しているので、やはり本作は『キャプテン・アメリカ』であると言える。

 

本作の物語の軸の一つとして「アベンジャーズを国際的な政治組織の管理下に置くかどうか」が挙げられる。あまりにも強大なヒーローの力を野放しにして良いのか?と言う問題提起は『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』にもあった。

ジャスティスの誕生』では議論の対象となるヒーローがスーパーマンだけで、スーパーマン以外のヒーローがまだ殆ど出ていなかった事もあり、議論を行うのはヒーロー本人ではなくて一般市民であった。それに対して本作では議論の対象となるヒーローが多くいるので、一般市民による議論が少なく、代わりにヒーロー達自身による議論が多くなっている。

因みに、ヒーローの力は危険だから野放しにせず政府の管理下に置いた方が良いと言う話自体が後半に入るとうやむやになるのは『ジャスティスの誕生』も本作も同じ。『ジャスティスの誕生』は後半はレックス・ルーサーの暗躍がメインになるし、本作も後半はウィンター・ソルジャー事件がメインとなっている。2時間から3時間で話をまとめないといけない映画では全編をそう言ったヒーローの在り方に対する議論で進めるのは難しいかもしれない。議論中心になるとヒーロー作品の醍醐味の一つである戦闘描写が少なくなってしまうだろうし。

 

アベンジャーズがキャップ派とアイアンマン派に分かれる理由は「ソコヴィア協定」だけでなく、バッキーことウィンター・ソルジャーの扱いも関わっている。キャップがバッキーの事を信用したのは「親友だったから」と言うのは否めず、また、アイアンマンがウィンター・ソルジャーの逮捕を承諾したのも、トニーの中での優先度がウィンター・ソルジャーよりアベンジャーズであり、アベンジャーズを存続させる為にウィンター・ソルジャー逮捕は止む無しと判断したから。キャップとトニーのこれまでの人生の違いがウィンター・ソルジャー事件に対する判断の違いへと繋がった。

 

ヒーロー達が政府の管理下に置かれると、政府の意に沿わない行動を取るヒーローは犯罪者と同じ扱いになるとして、逮捕されたヒーロー達が警察から拷問を受けたと匂わされるシーンは衝撃であった。

 

本作の流れを大まかに説明すると「ヒーロー同士が戦う流れになり、最後は裏で糸を引いていた存在が明らかになる」となる。これは『ジャスティスの誕生』と同じだが、『ジャスティスの誕生』は黒幕であるレックス・ルーサーの存在が大きく、逆に本作は黒幕であるジモの描写は必要最低限に抑えられている。本作で黒幕の描写を少なく出来たのは、これまでの作品でキャップとトニーの違いを細かく描写できたからで、ここは本作で13作目となり、さらにTVシリーズ等も多く展開されている「マーベル・シネマティック・ユニバース」の強みが出たと言える。

 

少し話がズレるが、「ヒーロー同士の戦い」だと日本でも仮面ライダーの春映画があるがイマイチ上手くいっていないところがある。それは仮面ライダー達はキャップとトニー程の違いが無いからと言える。

例えば『仮面ライダーゴースト』は人間であるタケル(ゴースト)と人間でありながら眼魔の関係者でもあるマコト(スペクター)と眼魔であるアラン(ネクロム)とそれぞれの立場や境遇が違うので対立構造が成り立つ。前作の『仮面ライダードライブ』も警察でありロイミュード事件の被害者である進ノ介(ドライブ)とカメラマンでロイミュード事件の元凶の息子である剛(マッハ)とロイミュードであるチェイス(チェイサー)はそれぞれの立場や境遇が違うので、こちらも常に行動が一緒にならない理由が出来ている。しかし、タケルと進ノ介となると意外と対立する理由が無い。他の作品もその作品内では対立構図が作れるが、その作品から主人公のみを取り出して他の主人公と絡ませた場合には対立構図が作れないとなっている。これは『ゴースト』や『ドライブ』や『鎧武』と言った別の作品であっても基本は『仮面ライダー』であるので、いくつかの設定の違いがあっても主人公達は皆、根本的なところで「同じ仮面ライダー」となるのだ。なので主人公を集めても、そこから対立構図を作るのが難しい。実際、『仮面ライダーディケイド』や『スーパーヒーロー大戦』や『仮面ライダー大戦』では放送枠等のメタな部分を本編に組み込む事で何とか対立構図を構築していた。ここは最初からシリーズ展開を見越して色々な作品のヒーローが共演する作品を作れたマーベル・シネマティック・ユニバースと基本的に他の作品のヒーローとの共演は前提となっていない仮面ライダーの違いと言える。

 

キャップは本来なら70年前の人間で、どんなに頑張っても70年のギャップは大きく、彼は21世紀のアメリカに馴染む事は出来ない。それでもSSRが前身となったS.H.I.E.L.D.やハワードの息子であるトニーがいたし、ペギーも生きていた。しかし、実際はS.H.I.E.L.D.はSSRではないし最終的には宿敵ヒドラが巣食っていた事が明らかになり、トニーもあくまでハワードの息子であってハワード本人ではない、ペギーも自分が知っている姿とは変わっている。そんな中で唯一、昔と変わらないものを見せてくれたのがバッキーであったのだ。そのバッキーも今はウィンター・ソルジャーであるのだが、キャップはウィンター・ソルジャーの中にまだ残っている「自分が知っている70年前のバッキー」にすがろうとする。本作で明確になったが、やはりスティーブ・ロジャースは「70年前の人間」なのだ。

最終的にS.H.I.E.L.D.は瓦解し、トニーとは決別し、ペギーは亡くなり、バッキーは冷凍睡眠に処せられた。21世紀に残っていた70年前の痕跡は完全に消えてしまったのだ。しかし、それによってキャップは今まであったしがらみを無くして新たな一歩を踏み出せるのかもしれない。本作終盤のキャップはこれまでに無かったもの、新生キャプテン・アメリカの誕生を思わせるものがあった。

 

本作はキャプテン・アメリカシリーズ3部作の完結編であるが、アイアンマンシリーズ3部作の完結編である『アイアンマン3』で最後にアイアンマンスーツが破壊されたのと同じく本作は「キャプテン・アメリカを壊す」のが一つの目的だったと考えられる。「キャプテン・アメリカ」と言うか、正確には「第2次世界大戦からアメリカの英雄だったキャプテン・アメリカと言うヒーローのイメージを壊す」のが目的の作品だったと思う。「キャプテン・アメリカ幻想」に終止符を打つと言うか。

アイアンマン3』でスーツ依存症になったトニー・スタークに新たな一歩を踏み出させるにはアイアンマンのスーツを壊さなくてはいけなかったように、スティーブ・ロジャースに新たな一歩を踏み出させるにはキャプテン・アメリカを壊さなくちゃいけなかった。正直言うと、自分は今までキャップが好きだったのだが本作を見て「え?」と思ったところが幾つかあった。大げさに言えば「幻滅した」ところもあった。でも、それが本作の狙いだった感じがする。ラストシーンを見るに。

 

キャップが70年前のしがらみから解放されて新たな一歩を踏み出したのに対し、トニーは『アイアンマン3』から始まり『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』を経て本作まで続いている色々な問題に決着をまだ見出していない。まぁ、『アイアンマン3』以降のトニーの問題は『アベンジャーズ』で見た外敵チタウリの存在が原因なので、これは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』まで続く事になるかもしれない。

 

新キャラのブラックパンサーだが、「親の復讐」と言う要素を上手く使っていて、見事に本作のテーマやドラマを補完していた。ブラックパンサーとスパイダーマンは本作でデビューし、後にそれぞれの主演作である『ブラックパンサー』と『スパイダーマン/ホームカミング』が公開される予定だが、これは『ジャスティスの誕生』のワンダーウーマンと同じ扱い。1作目の『アベンジャーズ』は「ヒーローの集結」であったが、これからのヒーロー集結映画は「新ヒーローの顔見世」と位置付けが変わっていくのかもしれない。

 

本作でピーター・パーカーを演じたトム・ホランドサム・ライミ版のトビー・マグワイアを思わせる雰囲気の一方、ウェブシューターや戦闘中にお喋りをするところはアメコミ原作やマーク・ウェブ版を踏襲している。

 

本作でアントマンは従来の縮小機能の他にジャイアントマンと言う巨大化機能を披露。しかし、スタッフが巨大ヒーローの演出は不慣れだった為か、ここはウルトラマン仮面ライダーに比べるといまいちであった。もうちょっとジャイアントマンの巨大化による脅威と言うのを絵で見せてほしかったところ。

 

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』に登場したブロック・ラムロウがクロスボーンズに。カッコ良いデザインなのだが「え? これで終わり?」と言う出番。原作での活躍を聞くと、この扱いは正直言って勿体無いと感じる。

 

インクレディブル・ハルク』よりロス長官が登場。主演俳優の交代や権利関係による続編製作が困難な事でマーベル・シネマティック・ユニバースの中でも扱いにくい位置にある『インクレディブル・ハルク』だが、ロス長官の登場で今後の扱いに期待がかかる。ロス長官とハルクの対面は描いてほしいし、もう8年も放置されているリーダーのその後は気になるし、そう言えば、アボミネーションも死んではいないんだよなぁ。

 

マーベル・シネマティック・ユニバースのフェイズ1は各ヒーローの主演作を作って最後に全員集合の作品を作ると言う分かりやすい流れで、フェイズ2は各ヒーローのそれぞれの事情を描く展開となった。『エイジ・オブ・ウルトロン』がウルトロンとの戦いを軸にしながらも各ヒーローのそれぞれの事情が並行して描かれていたのにもそれは表れている。そして本作からフェイズ3が始まるのだが、本作で描かれたように、今後は各ヒーローごとの事情が絡み合う流れになると思われる。