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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『X-メン』(2000年公開)

X-MEN

『X-メン』

2000年7月14日アメリカ公開

監督 ブライアン・シンガー

脚本 デヴィッド・ヘイター

 

X-MENシリーズ第1弾。

一応はヒーロー作品なのだが他の作品と違って「ミュータント」と言う突然変異体の話になっていて、ヒーローを描くと言うよりはマイノリティ(社会的少数者)を描いている作品と言える。

 

パッと見は「共に異形の存在である怪人とヒーローが戦う」と言う構図に見え、『仮面ライダー』におけるショッカー怪人と仮面ライダーのような「どちらも怪人であるが一方は社会の転覆を目論み、もう一方は人々を守る為に戦う」と言う構図になっている。しかし、マグニートーユダヤ人でホロコーストの犠牲者であったり、ミスティークが過去に虐めを受けていた事で、これは人間社会において切り離す事の出来ない問題である「差別」の話でもある事が見えてくる。日本だとヒーロー作品では『仮面ライダーアギト』や『仮面ライダー555』のような白倉プロデューサー&井上敏樹の作品、ヒーロー作品以外も含めるとニュータイプが登場する『機動戦士ガンダム』の宇宙世紀シリーズに近いと言える。(ニュータイプは種族と言うよりは世代間の問題と言った方が良いのか?)

 

本作のメインはウルヴァリンとローグ。

平凡なお嬢ちゃんだったがある事でそれまでの生活を捨てる事になった少女が裏社会で逞しく生きる影のある男性に惹かれると言う構図が実に自分好み。この二人の話をもっと見たかったのだが、ウルヴァリンロリコンではなかったので、この後、仲が進展する事は無かった。

 

記憶を失っているウルヴァリンは過去が無く、それが未来を考える事も放棄させ、結局はその日暮らしと言う現在のみに生きる形となった。そんなウルヴァリンが自分を頼ってきたローグの為に動き、最後はローグと再会を約束すると言う「未来」を考えて生きるようになった。

 

一方のローグもミュータントに覚醒して自分の恋人を昏睡状態にしてしまった後悔で家出をして当ての無い旅をする事に。ローグもこれまでの生活を捨てる事で過去を失ったと言え、未来の事も考えられなくなったと言うウルヴァリンと同じ境遇となっていた。ローグは自分と同じ境遇でありながらも生きているウルヴァリンの強さに惹かれ、そこに自分がこれから生きていく希望を見い出したのかもしれない。

 

そんなウルヴァリンとローグであるが最終的にウルヴァリンはジーン・グレイに惹かれ、ローグはボビーと良い雰囲気になる。もしこのままウルヴァリンとローグだけで関係が終わっていたら、この二人がプロフェッサーXの学園に身を寄せる必要は無い。お互いがいればどこにいても良いわけだ。しかし、ウルヴァリンもローグも学園の関係者と繋がる事で、二人にとって学園は必要な場所となったのだった。

 

ローグと出会う事で未来を考えるようになったウルヴァリンだが、ウルヴァリンに再び過去や未来を考えさせるように具体的な道標を与えたのはプロフェッサーである。そしてローグに仲間と帰る家を提供したのもプロフェッサー。戦闘に参加しなかったりミスティークの罠にかかって昏睡状態に陥ったりと思ったほど活躍しなかった印象のプロフェッサーだが、ミュータント達の心の拠り所となり、彼らに未来を考えさせたと言う事を考えたら、やはりプロフェッサーと言う存在はこの作品において非常に大きかったと言える。

 

X-メンはチームであるが、その描写が各人均等になっているのが面白い。

例えばヒロインはジーン・グレイで劇中ではウルヴァリンサイクロップスがジーンを取り合って三角関係になり、この二人の対立が一つの軸となっている。一方で人間とミュータントの関係についてはジーンではなくてストームが担っていて、ケリー議員の最期を看取る場面等は場所や役割を考えたらジーンが担当しそうなのだが実際はストームが担当している。その他にもセレブロを使った探知を終盤ではプロフェッサーの代わりにジーンが担当したり、マグニートーとの決戦ではウルヴァリンだけでは倒せずサイクロップスが決め手になったりと、誰か一人が突出しているのではなく一人一人役割が振られている。

 

マグニートー率いるブラザーフッドの今回の目的は人間を強制的にミュータントへと進化させる事。自分達がマイノリティだから迫害されるのなら、各国首脳を自分達の仲間にして、自分達をマジョリティにしようと言うのだ。その最初の実験体として選ばれたケリー議員はミュータント登録法案を推し進める人物でミュータントを強く敵視していたが、その彼がミュータントに変えられた事でこれまでとは違った視点を持つようになると言う展開は本作に限って言えばたくさんあるエピソードの中の一つであるが、X-MENシリーズにおいては非常に大きなエピソードであったと言える。(実際に映画は見ていないけれど『地球最後の男』とかはこれと似たテーマと言えるかな?)

 

ところで特殊な装置を使用したとは言え、人間の肉体を改造する事でミュータントに変えられると言う事は逆にミュータントを人間に変える事も出来ると考えられるがそれは後の『X-MEN:ファイナル・ディシジョン』でのお話。

 

マグニートーを演じるのはイアン・マッケラン。アメコミ原作のマグニートーに比べるとちょっと年を取りすぎている感じがするが、映画として見ると、プロフェッサーXを演じるパトリック・スチュワートと共に高齢であるが故に「これまで色々あった」と言うのが雰囲気から感じられて良いと思う。ローグに死を告げる時の一瞬の間とか、マグニートーの人となりがちゃんと表現されていてさすがと言える。

 

調べてみると、X-MENシリーズの根底には公民権の問題が孕んでいて、プロフェッサーはキング牧師マグニートーマルコムXに喩える見方があるらしい。本作に限らずヒーロー作品はフィクションであるのだが、フィクションを通して現実の諸問題を考える契機になると言うのは、世の中を良くしていこうとする「ヒーロー作品」として「アリ」だと自分は思う。(純粋に楽しめるエンターテイメント系のヒーロー作品も好きだけど)