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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『アメイジング・スパイダーマン』(2012年公開)

アメイジングスパイダーマン』(THE AMAZING SPIDER-MAN)

2012年7月3日アメリカ公開

監督 マーク・ウェブ

脚本 ジェームズ・ヴァンダービルト アルヴィン・サージェント スティーヴ・クローヴス

 

マーク・ウェブ監督のスパイダーマンシリーズの第1弾。

サム・ライミ監督のスパイダーマンシリーズ新3部作が白紙となり、再びスパイダーマン誕生から物語を紡ぐ事となった。

同じ「スパイダーマン」を題材としているがサム・ライミ監督版とは色々と違っているところがある。

 

まずはサム・ライミ監督版では自分の肉体から蜘蛛の糸を出していたがマーク・ウェブ監督版ではウェブシューターと言う道具を使って糸を出している。サム・ライミ監督版の方が蜘蛛男と言う感じがするが原作ではウェブシューターを使っているらしいので実はマーク・ウェブ監督版の方が原作に忠実。

面白いのはサム・ライミ監督の『スパイダーマン』ではスパイダーマンは肉体変化のみであったのに対しグリーンゴブリンは肉体変化に加えて色々な道具を駆使して戦っていた。それが本作ではリザードが肉体変化のみであったのに対しスパイダーマンは肉体変化に加えてウェブシューターと言う道具を駆使すると言う逆の構図になっている。

 

サム・ライミ監督の『スパイダーマン』ではベン伯父さんを殺した犯人の話はすぐに終わっているが本作ではピーターによる犯人探しの話が長い。また、サム・ライミ監督版ではピーターがスパイダーマンのマスクを作ったのはMJとデートする為のお金儲けの時であったが本作ではベン伯父さんを殺した犯人を探す為に夜な夜な街のチンピラを襲う時となっている。本作中盤のスパイダーマンは復讐鬼であり、そのキャラクターはどことなくバットマンに近い。バットマンはどちらかと言うと無口な方であるが本作のスパイダーマンはお喋りしながら街のチンピラを攻撃していて、それが実にヤバい。明るく陽気なのが逆に狂気を感じて、まるでバットマンシリーズに登場する悪人達のようであった。

 

サム・ライミ監督の『スパイダーマン2』から登場していたコナーズ博士が遂にリザードに変身する。ピーターの恩師に当たる科学者が敵となってしまうと言うのはサム・ライミ監督の『スパイダーマン』『スパイダーマン2』にもあった展開。また、コナーズ博士には息子がいて、ピーターの父親の親友となっている等、スパイダーマンシリーズにおける「父と子」のテーマも引き継いでいる。

 

本作のヒロインはグウェン・ステイシー。父親ジョージ・ステイシーも登場していて、スパイダーマンシリーズの「父と子」のテーマにおいて重要な役割を担っている。ジョージ警部はスパイダーマンの行いを批判する等、ピーターに対して口煩いが大人としての分別はしっかり持っている人物で本作に登場しなかった編集長に近いところがある。

 

本作には有名な「大いなる力には大いなる責任が伴う」と言うセリフが無く、約束を守る事の大事さ等のエピソードでそれとなくテーマを示している。でも、最後のベン伯父さんからの電話かジョージ警部の約束の場面でこのセリフを入れてほしかった。

 

サム・ライミ監督のスパイダーマンシリーズは超人達の誕生に関連性は薄い。ピーターがスパイダーマンになったのとノーマン・オズボーンがグリーンゴブリンになったのに関連は無いし、その後のドクター・オクトパスやサンドマンの誕生もスパイダーマンとの関連は無かった。強いて挙げればヴェノムは関連があったが、そのヴェノムの元となるシンビオートが宇宙から地球に飛来したのは全くの偶然であった。それに対して本作ではスパイダーマンリザードの誕生にはピーターの父親の研究が関わっていた事が仄めかされている。他にもピーターの父親とコナーズ博士の研究はノーマン・オズボーンの延命に関して行われていた等、まるで蜘蛛の糸で繋げられたかのように色々な人物や設定が繋がっている。これは当初からシリーズ展開を視野に入れていたから出来た事だと思われる。その為、ヒーロー作品の1作目にしては珍しくかなり多くの謎や伏線が提示される作品となった。

 

本作は編集がちょっとイマイチ。ソフトに収録されている未公開シーンを見るとカットされたのが残念なシーンがあり、これらが入っていたかどうかで作品に対する評価が大きく変わった気がする。

コナーズ博士と息子の話はコナーズ博士をピーターの父親やベン伯父さんと対比させる良い場面だったのでカットされたのは残念。まぁ、こちらに関しては完成作品でもコナーズ博士の立ち位置は十分に分かるのでまだ良いが問題なのは下水道の研究所でのピーターとコナーズ博士の場面がカットされた事。ピーターとコナーズ博士のドラマにおいて非常に重要な上、前半でやたらと存在感がありながら後半はいつの間にやら見なくなっていたラジット・ラーサの最期が描かれていたのでカットしないでほしかった。ただせさえ謎が多い作品なのにラジット・ラーサの最期を不明にしてしまったのは作品にとってマイナスポイントだったと思う。

 

クライマックスのクレーンのシーンは感動。

この作品はサム・ライミ版に比べて色々な人物や設定や場面が繋がっているのだが、その中でも特に「ここをこう繋げて来たか!」と感動する場面となっている。この場面は単に街の人達がスパイダーマンに協力すると言うだけでなく、蜘蛛の糸で街中を移動するスパイダーマンの特徴を存分に生かした場面でもあり、スパイダーマンシリーズの中でも名場面となっている。