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ウルトラ38番目の弟

ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年公開)

DCフィルムズ

バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』

2016年3月25日公開

監督 ザック・スナイダー

脚本 クリス・テリオ デヴィッド・S・ゴイヤー

 

DCフィルムズ第2弾。

映画史上初めてバットマンとスーパーマンの共演が実現した。

 

ストーリーに関しては、ぶっちゃけると、予告編を見て想像した通りの展開であった。まぁ、予告編にレックス・ルーサードゥームズデイを出したら大体の展開は予想できちゃうよな。

 

まずはバットマンの物語から。

バットマンとしての活動期間も20年に達していて、劇中でも「若死にではなくて年寄りの冷や水」とアルフレッドに皮肉られる等、今回は高めの年齢設定にされている。ジョーカーやキャットウーマンと過去に何かしらあった事が語られていて、よく知られているバットマンのストーリーは既に過去の話となっている雰囲気。

今回はティム・バートンジョエル・シュマッカー監督のシリーズやクリストファー・ノーラン監督のシリーズとは話が繋がっていないのだが、過去にああ言った話があって現在のバットマンの人格が作られたと言う感じになっている。

 

本作のバットマンは悪人に容赦が無く、犯罪者相手なら殺人も厭わないとなっていて、ティム・バートン監督版を彷彿とさせる。これは本作ではスーパーマンバットマンを悪と認定しなければ話が成立しないので、殺人と言うラインをバットマンが越えているのでスーパーマンは彼を悪と認定したとされたと考えられる。(クリストファー・ノーラン監督版のバットマンだったら、スーパーマンはもう少し優しい対応をしていたと思う)

 

ブルース・ウェインは目の前で両親を殺され、その復讐の為にバットマンになったとされる。ティム・バートンジョエル・シュマッカー監督版では復讐として犯罪者を倒したら自分もその闇に飲みこまれてしまったとされ、クリストファー・ノーラン監督版ではバットマンの存在が新たな犯罪者を生み出してしまったと言う展開だったが、本作ではバットマンを「ハンター」とし、街の治安を乱す者を「狩る」とした。これにより本作ではバットマンは「その強大な力によって世界の治安を乱す存在となったスーパーマンを狩る」と言う展開になった。

 

クリストファー・ノーラン監督版ではブルースにとって父親の存在は大きく、彼の街を守ろうとする原動力はその父親の遺志であった。いわば、ブルースは父親の遺志によって戦い続けたと言える。それが本作では母親であるマーサ・ウェインの存在によってスーパーマンとの戦いを止めたと言うのが上手い。と言うか、スーパーマンバットマンの母親の名前がどちらも「マーサ」だったと言うのが物凄く上手く使われた。映画館で思わず「あ!」と声が出てしまったほど。

 

バットマンは過去の映画でも敵と定めた者を色々な角度から調査研究して対策を立てていたので今回の映画でスーパーマンを敵と定めて色々と調査研究して対策を用意している展開に違和感が無かった。

一方のスーパーマンだが、こちらは目の前の事件を一つずつ解決していくスタイルで、特定の敵に対して何かしらの準備をすると言うのはあまり無く、どちらかと言うと敵であるレックス・ルーサーがスーパーマンを倒す為にあれこれ対策を立てている事が多い。今回の映画ではスーパーマンの敵としてレックス・ルーサーバットマンがスーパーマン打倒の為に対策を立てるとなっていて、こちらもこれまでのスーパーマン映画と同じ作りになっていた。

 

続いてはスーパーマンの物語。

スーパーマンと言う存在が国家レベルで物事を左右する事になったとか、スーパーマン打倒の為にスーパーマンと同じ力を持つ存在が作られるとか、実は展開は『スーパーマンⅣ/最強の敵』と同じ。ニュークリアマンに対してドゥームズデイは出番が少なく、あまり物語に絡めていなかったのは残念だが。

スーパーマンと言う存在は人間の常識を遥かに超えていて国家レベルに匹敵する為、そのスーパーマンに対して人類はどのように接すれば良いのか、また、スーパーマンの方も人類に対してどこまで関わっていけば良いのか。これはゴッサムシティを中心に活動するバットマンではなく、地球全体を活動の場とする事が出来るスーパーマンならではの問題と言える。公聴会の件はヒーロー作品でここまで踏み込むのかと度肝を抜かされた。出来ればこの部分をもっと突っ込んでほしかったのだが、ここから先はレックス・ルーサー個人の暗躍に比重が移ってしまうので、ヒーローと人類の関わりについて問題提起はされたが解答までは用意されなかった感じとなった。

 

クリストファー・リーヴ主演のスーパーマンシリーズではスーパーマン自身に確固たる「正義」があって、時にその正義が揺らぐ事があっても最終的にスーパーマンはその正義を取り戻している。しかし、本作のスーパーマンにはそのような確固たる「正義」は無く、強大な力を持ちながらもメンタルは普通の青年となっている。『Ⅳ』でスーパーマンは世界に向けて平和へのメッセージを送るが、本作ではそのような場面は無く、仮にそのようなシチュエーションが用意されたとしてもスーパーマンがハッキリとしたメッセージを出せたかどうかは疑問。この辺りは昔に比べて今は色々と複雑で難しい世の中になったのかなと思う。

 

本作最大のネタバレをしてしまうと、スーパーマンは死んでしまう。まぁ、ドゥームズデイが登場するとなった時点で予想した人はたくさんいたかもしれないが。

題名の『ジャスティスの誕生』は後の「ジャスティス・リーグ」に因んでのネーミングであるが、スーパーマンの「死」と共にジャスティス・リーグが「誕生」に向けて動き出すと言うのが面白い。

 

さて、同じヒーロー作品としてマーベル・シネマティック・ユニバースと何かと比較されるが、本作を見る限り、上手く差別化されていたと思う。

マーベル・シネマティック・ユニバースはスタートが『アイアンマン』になっていて、最初はアメリカ国内の話だったのが少しずつ規模が大きくなってやがて宇宙にまで舞台が広がっているのだが、DCフィルムズはスタートを『マン・オブ・スティール』にしていて、最初にいきなり宇宙規模の話をしてそれを地球(人間)の理解の中に組み込もうとしている。いわば、真逆の作りになっているのだ。

あと、『マン・オブ・スティール』も本作もヒーローの力を「暴力と紙一重」としていて、その負の側面をかなり強調している。マーベル・シネマティック・ユニバースも徐々にそう言う方向に舵を切ってはいるが、シリーズの最初では負の側面はかなり抑え気味に描かれていたと思う。

もう一つ挙げると、マーベル・シネマティック・ユニバースはそれぞれのヒーローの主演作品を作ったうえで集合作品である『アベンジャーズ』を作ったが、DCフィルムズはまずはバットマン、スーパーマンワンダーウーマン等が揃う本作を作り、そこからワンダーウーマンやザ・フラッシュの主演作品を作るとこれまた真逆の作り方になっている。バットマンとスーパーマンが戦うと言う注目度の高い作品でワンダーウーマンを活躍させて後のワンダーウーマン主演作品に観客の興味を引かせる作りは上手いと思う。

こうして見ると、DCフィルムズは先行するマーベル・シネマティック・ユニバースをよく研究して作られていると言える。

 

今回の敵はレックス・ルーサーバットマンとスーパーマンを罠にはめて戦わせると言う大役に相応しいキャスティングと言える。今回は「ジュニア」と言う設定で、よく知られているレックス・ルーサーの息子となっている。年齢を若めに設定して狂っている部分が表に出やすいとした事で『バットマン フォーエヴァー』のリドラーに近いキャラクターとなった。最後の刑務所に入れられて狂った部分が表に出てくる展開はバットマンの敵キャラらしく、今回のレックス・ルーサーはスーパーマンの敵キャラであるレックス・ルーサーバットマンシリーズの敵キャラ要素を入れたキャラだったと言える。

残念だったのは、バットマンとスーパーマンが戦う前に全てがレックス・ルーサーの罠であるとバラしてしまった事。ここまでバットマンとスーパーマンと言う二大ヒーローが戦う準備を緻密に行っていたのに、戦う前にネタバラシをしてしまった事で、バットマンとスーパーマンの戦いが茶番になってしまい、盛り上がりに欠けてしまった。(スーパーマンの説明の仕方によっては戦いそのものを回避できた展開になってしまった)

 

最終決戦に参戦するワンダーウーマンだがとにかくカッコイイ!

ぶっちゃけ、タイトルになっているバットマンやスーパーマンよりワンダーウーマンがカッコ良く見えた。これが、これまで映画化されていないワンダーウーマンを売り出すと言う目的だったならそれは十分すぎるほどに果たされたと言える。

さて、スーパーマンワンダーウーマンドゥームズデイと言う人外バトルに人間でありながら参戦する事になったバットマンであるが、規格外の化け物達を前にちょっと溜息を吐いていそうな場面があって笑えるw 人間でありながらよく生き残れたもんだw

 

 

2016年に発売された「アルティメット・エディション」では劇場公開版ではカットされた場面が復活している。ストーリーが大きく変更する事は無かったが、細かく場面が追加されていて劇場公開版より分かりやすくなっている。