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ウルトラ38番目の弟

ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『スパイダーマン2』(2004年公開)

スパイダーマン

スパイダーマン2

2004年6月30日アメリカ公開

監督 サム・ライミ

脚本 アルヴィン・サージェント

 

サム・ライミ監督のスパイダーマンシリーズ3部作の二本目。

ヒーローに限った話ではないが、何かになるのも大変だが、なった後にそれを持続させるのも大変だと言う話。

 

ピーターはスパイダーマン、アルバイト、大学生生活にと三重生活に忙殺される日々。これで見返りがあるならまだしも、スパイダーマンである事でハリーやMJとの間に溝が出来るわ、アルバイトはクビになるわ、大学は落第寸前になるわ、おまけにマスコミにはスパイダーマンは悪人として書かれるわと踏んだり蹴ったり。これではピーターの心が折れてしまうのも無理は無い。

それならば真実を打ち明ければ良いのにと思うが、前作で自分の正体が判明した事でメイ伯母さんやMJが危機に陥ったし、自分がノーマン殺しの犯人だと名乗り出てしまう事にもなる。

真実を打ち明けられない以上、ピーターにはスパイダーマンである事を捨て去るしか選択肢は無かった。しかし、一度ヒーローとなって人助けをした以上、困っている人を見逃す事による罪悪感は普通の人間以上になってしまい、火事で焼け落ちたアパートから子供を助けると言う普通の人間ではとても立派な行いもかつてスパイダーマンであったピーターには全員を助ける事が出来なかったショックの方が大きい。

一度ヒーローになった者はそのまま永遠にヒーローとして生き続ける事になる。それはある意味で「ヒーローと言う呪い」とも言える。

 

今回もMJを巡る恋愛模様が色々ある。

さすがに今回は事情を説明しないピーターに非がある感じがする。説明できなかったのは分かるんだけど、MJからすればこのズルズルとなった2年間はさぞかし不満が溜まった事であろう。

でも、まぁ、ラストの行動はどうかなと思う。ピーターの上司の息子との結婚式を当日にドタキャンしてウェディングドレスのままピーターの部屋に行くって、この後のピーターの立場を考えろよとツッコミたくなる。でも、笑顔満面でウェディングドレスのまま街中を走るMJを見ると「アホだなぁ…」と思いつつもつい許してしまっても良いかなと言う気持ちにもなる。

でも、MJの結婚相手だったジョンはしばらくは女性不信になっただろうなぁ…。と言うか、社交界であれだけ大きく結婚発表して式当日にドタキャンって、ジョンは世間に嘲笑われる事になるだろうし、MJだって色々と立場がまずくなりそうなのだが、どうなったのだろうか…?

 

今回登場する敵はドクター・オクトパス。

前作のノーマンもだったが本作のオットーもピーターと同じく科学者で、ピーターに恋の指南をするなどピーターの父親代わりとなっていた。因みに本作でちょこっと登場したコナーズ教授も後にリザードになる予定だったらしく、ピーターが尊敬していた科学者は全て怪人化する事となった。

 

ドクター・オクトパスは人工知能を搭載したアームに乗っ取られてしまう。機械を駆使して戦うところは前作のグリーンゴブリンと同じ。また、ノーマンが二重人格のように自身の内なる声に耳を傾けて狂気に陥ったように、オットーも人工知能を搭載したアームの声に耳を傾けて犯罪行為を始めるようになってしまった。

因みに本作ではピーターの精神状態がスパイダーマンの能力を左右するとなっている。これはスパイダーマンの能力をピーターの精神力で制御しているとも言え、力を制御出来なくて犯罪に走ったノーマンやオットーや次回作に登場するエディとの対比になっている。

 

本作最大の見どころはやはり列車のシーン。

ここは蜘蛛の糸を発する、超感覚、物体に吸着する、常人を超えた身体能力、マスクを被って正体を隠していると言うスパイダーマンの設定や能力がフルに生かされていて、スパイダーマンシリーズ屈指の名場面と言える。「俺を倒してから行け」のおじさんは短い出番ながらも私の中では立派なヒーローだった。

 

ピーターが自分がスパイダーマンだと名乗り出せなかった理由の一つに、世間的にはスパイダーマンがノーマンを殺害したとなっていた事がある。実際は違うのだが、ノーマンが死に間際に自分がグリーンゴブリンだった事を黙っていてほしいと言い残した事とハリーのファザーコンプレックスを考えると言い出せなかったのも無理は無い。

そのハリーはスパイダーマンの正体がピーターだと知った後、ノーマンの声に導かれて隠し部屋にあったグリーンゴブリンの装備一式を見付ける。ノーマンの魂が本当に残っていたのかどうかだが、ノーマンが自身の中にもう一つの人格みたいなのを秘めていた事を考えると、ハリーもファザーコンプレックスから自分の中にもう一つの人格を作り出し、その人格が父ノーマンの姿と声を借りてハリーの前に現れたと考えられる。