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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ダークナイト ライジング』(2012年公開)

バットマン

ダークナイト ライジング』

2012年7月20日アメリカ公開

監督 クリストファー・ノーラン

脚本 ジョナサン・ノーラン クリストファー・ノーラン

 

クリストファー・ノーラン監督によるダークナイト3部作の完結編。

前作『ダークナイト』の評価が高いので色々と比べられてしまう本作だが、ダークナイト3部作の完結編として上手く纏めていると思う。まぁ、「落ちても這い上がる人間」と言うテーマを重視するあまり、展開としてそれはどうなのよ?と思うところは多々あるが。

 

本作で驚いたのはラーズ・アル・グールの子供の正体。

アメコミ原作を読んでいたらベインが息子ではない事は分かるのだが、映画の中の描写だけ見ていると騙されると思う。ミランダ・テイトも「ヒロインの座はキャットウーマンに取られてしまうだろうけれど、物語の関係上必要な存在」と言う感じだったので、正体を現すまでは怪しいところは完全に無かった。正体を知ったうえで見返すと彼女の発言がどこか明後日を向いている事が分かるのだが前情報無しで初見で彼女の怪しさを見抜く事は難しいと思う。

 

本作は「ダークナイト」と言う冠はあるが前作『ダークナイト』より前々作の『バットマン ビギンズ』の後日談と言った要素が強い。

 

まずラーズ・アル・グールが全ての始まりとなっていて、その後継者になる可能性がある存在としてバットマンことブルース・ウェインとタリア・アル・グールことミランダ・テイトが登場している。このうち、ブルースは最終的にはラーズ・アル・グールと決別するが、ミランダは最終的にはラーズ・アル・グールの遺志を継ぐ事になる。

 

『ビギンズ』ではゴッサムシティで犯罪が多発して治安が悪化したのは格差社会が原因だとされていて、ラーズ・アル・グールは世界平和の為に格差のある街の破壊を計画した。『ライジング』ではデント法によって街の治安は保たれたとなっているが一方で街の格差問題は解決していなかったので、ベイン(=ミランダ)はデント法を無力化し、それによって逮捕された囚人を解放して上流階級を襲撃させる事で格差問題を強引に解決しようとした。

ただし、ミランダの目的は世界平和ではなくて自身の父親の復讐であり、父親を死に追いやったバットマンゴッサムシティを破滅させる事であった。その為、ベインとミランダによってゴッサムシティは混乱と化す事になる。世界全体の事を云々と言っていたミランダの目的が実に個人的なものだったと言うのが面白い。これを見てふと思ったのだが、ラーズ・アル・グールの行動も実は最愛の妻を死に追いやった世界への復讐と言う個人的なものから始まっているのかもしれない。ここは両親の復讐と言う個人的なものから始まったが最後は街を守る為に動いたブルースとの対比にもなっている。

 

こうしてミランダは街を破滅させる者となり、街を守ろうとする者であるブルースと対立する事となる。ミランダとブルースの道を分けたものは何かと言ったら、それはブルースの父親トーマス・ウェインの存在だったと思われる。ミランダの父親と違ってブルースの父親はあくまで街を守ろうとする者であった。

 

そんなミランダとブルースに協力するのがベインとキャットウーマンである。

ベインはミランダが生まれた奈落にいて、ミランダを愛した事でミランダに盲目的に従っている。ミランダの今回の計画はゴッサムシティだけでなくミランダ自身の命すら危険にさらす破滅的なものであるが、ベインは黙々とそれに従って計画を遂行していった。おそらく劇中でベインがミランダの指示を破ったのは最終決戦でバットマンを生かしておけと言う指示を無視してすぐに息の根を止めようとしたところくらいであろう。それはバットマンの存在がミランダの計画の障害になると思ったのか、ミランダを巡ってのブルースへの嫉妬なのかは分からないが。

筋骨隆々のパワーファイター・ベインに対するは細身で軽い身のこなしを武器とするキャットウーマンことセリーナ・カイル。キャットウーマンは過去に『バットマン リターンズ』と『キャットウーマン』に登場しているが、どちらも精神的な弱さを抱えていた。しかし、本作のキャットウーマンにはそのような弱さは無く、自分の足で立って生きられる強さを持っていた。ブルースに協力するのは贖罪と取り引きとなっていて、ベインが愛するミランダに盲目的に従っていたのとは違っている。ブルースとの間に恋愛が生まれそうな雰囲気もあったが、その辺りは特に掘り下げられていない。スリ仲間の女性ジェンと一緒にいる辺りにレズビアンの雰囲気もあったし。

こうして見ると、依存する男ベインと依存しない女キャットウーマンがそれぞれミランダとブルースに協力していると言う構図が見える。

 

本作はダークナイト3部作の完結として、ブルースをバットマンから解放させると言うのが一つのテーマとなっている。結論から言うと、全てを壊さないとブルースはバットマンから解放されないとされた。前作で想い人を殺され、友人を失い、自身の名誉を喪失しても本作でブルースはバットマンとして復帰した。なので本作では前作以上に徹底的に全てが壊される事となった。

執事のアルフレッドが去り、会社は破産し、最後は自身の命も失った。ここまでしてようやく彼はバットマンから解放され、カフェテラスで静かにお茶を出来るようになったのだった。

 

クライマックスでのバットマンとゴードンのやり取りは本当に泣ける。このやり取りを見る為にダークナイト3部作を見ても損は無いと言い切っても良いくらいの名場面。

 

物語の流れとしてバットマンに続く者としてロビンが登場するのは分かるのだが、話への絡ませ方がちょっと強引だったのが残念。ゴードンとの話は同じ警官なので良いが、ブルースとの話はいきなりすぎて戸惑った。今だったら本編3部作の他にスピンオフでバットマンとジョン・ブレイクが出会う話の映画が作られていたんだろうな。

 

アメコミ映画はX-MENシリーズ、スパイダーマンシリーズ、マーベル・シネマティック・ユニバースのように人間を超越したキャラクターが多数登場し、世界観もそう言った超人が登場するのに適した特殊なものとなっている。しかし、ダークナイト3部作はその流れとは逆で、キャラクター達をいかにしてリアルな世界観に落とし込むかと言う事が行われている。ダークナイト3部作には磁力を操ったり手から糸を出したり怒りで変身したりするような現実離れしたキャラクターはおらず、あくまで現実の街にいそうな人々となっている。本作のクライマックスで警官と囚人が乱闘する中、同じ場所でバットマンとベインが殴り合いをすると言う場面があるが、これこそコミックのキャラクターを現実の世界の中に落とし込むダークナイト3部作の到達点だったと言える。

 

本作で不満なのはスケアクロウの扱い。『ビギンズ』でのインパクトを考えたらあれで終わりと言うのは勿体無い。前作『ダークナイト』で、バットマンがマフィアの麻薬ルートを壊滅させたらマフィアはもっとヤバいスケアクロウの麻薬を扱うようになったと言うのは、バットマンの登場がより事態を悪化させると言う『ダークナイト』のテーマと合致して良いのだが、本作での扱いを見ると、スケアクロウはどこかできっちりと決着を付けていた方が良かった気がする。

 

ルフレッドのラストシーンであるが、あれが無ければアルフレッドは救われないので、真実かどうかはともかくとして、あの場面は無ければいけないと思う。