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ウルトラ38番目の弟

ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『大魔神怒る』(1966年公開)

大魔神

大魔神怒る』

1966年8月13日公開

監督 三隅研次

特撮監督 黒田義之

脚本 吉田哲郎

 

大映大魔神シリーズ第2弾。

 

戦国時代を舞台に、信心を持たない悪人が暴虐の限りを尽くし、主人公達が人知を尽くした後、大魔神が動き出して事態を解決すると言う大きな流れは前作と同じである。

 

大きな流れは同じだがシチュエーションは色々と変わっている。

前作は左馬之助一派による「下剋上」の話で舞台も丹波の国の中に限定されていたが、本作では御子柴弾正が隣国の千草と名越の国に攻め入ると言う「戦争」の話となっている。

また前作は山の中の国が舞台で、それも左馬之助統治による10年で荒廃したとして全体的に茶色いくすんだ色合いになっていたが、本作では千草と名越の国は豊かで湖の青や木々の緑や鳥居の赤や巫女の服の白等、全体的に色鮮やかになっている。

 

今回は「戦争」と言う事で話の規模が大きくなって登場人物も増えたのだが、これらが色々と足を引っ張っているのが残念。前作は花房家の関係者が極僅かで左馬之助一派に対抗できる手段が無かったのだが、本作では千草と名越の国はある程度の戦力を持っていた。しかし、名越兵衛は争いを避けようとして目の前に御子柴弾正がいるのに手出しをせずに話し合いで解決しようとして逆に殺されてしまう。ここで争えば民に被害が及ぶと言う事だったが、これまで民を苦しめてきた御子柴弾正が攻めて来たのに、抵抗せず耐えていれば民は被害を受けないと言う考えは疑問。実際、名越兵衛を殺した御子柴弾正は千草と名越の民の財産を奪っていってしまった。その後も千草十郎が御子柴弾正を捕らえるがそのまま殺さずにいたら逃げられてしまい、結果的に多くの人が巻き添えで処刑されそうになる等、主人公達は善人なので人殺しはしないようにしたら結果的に罪の無い人が死ぬ事になると言う展開になってしまった。前作は悪人に対抗しようにも対抗する力も機会も無いので仕方が無かったのだが、本作は悪人を倒す力も機会もあったのにそれをふいにしてしまった。言っては悪いが、善人ではなく愚かな人と言う印象を受けてしまう。最後に大魔神が登場しなければいけないので主人公達が悪人を倒すわけにはいかなかったのだろうが、それなら中途半端に主人公達に悪人を倒せる力と機会を与えてはいけなかった。

 

本作は悪人達の演技が実に良い。特に御子柴弾正役の神田隆さんの優勢な時は威張りまくるが劣勢になると途端に怯える演技が見事すぎる。

 

今回の大魔神は映画『十戒』の如く湖を割って登場。「人間を遥かに超えた存在」と言うのが存分に描かれている。

 

前作の大魔神は正確には主人公達の味方ではなく「超越した存在が結果的に事態を解決した」と言う感じなのだが、本作ではヒロインの早百合の味方である事が明確になっている。その為、前作では「怖い」存在であった大魔神が本作では早百合に対して「優しさ」を見せている。

 

クライマックスの場面が湖になっていて、嵐と荒れる湖で大魔神の怒りを、その後の晴れ渡った空と穏やかになった湖で大魔神の怒りが収まった事を表現する等、物言わぬ大魔神の心を光景を使って表現したのが上手かった。