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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『バットマン ビギンズ』(2005年公開)

バットマン

バットマン ビギンズ』

2005年6月15日アメリカ公開

監督 クリストファー・ノーラン

脚本 クリストファー・ノーラン デヴィッド・S・ゴイヤー

 

クリストファー・ノーラン監督のダークナイト3部作の1本目。

今回はバットマンの誕生編となっていて、映画の前半はブルースがバットマンになるまでの話に費やされている。

 

目の前で両親を殺されたブルースは両親を殺した男チルへの復讐を考えるが、マフィアと検察の癒着によってチルは殺され、それは果たせなかった。その後、立派だった父、犯罪社会の仕組みを語ったファルコーニ、正義と復讐を述べたデュカードから教えられた事を基にブルースは「バットマンと言う恐怖を与える事で悪を一掃し、街を復活させる」事を決意する。

 

ティム・バートン監督の『バットマン』では両親を殺したのは後にジョーカーとなるジャックであったが、本作ではチルと言う男に変わっている。ジャックはマフィアの大物で街に蔓延る悪そのものであったが、チルは貧困層の出で、その背後に格差を生み出す腐敗した街そのものが悪として置かれている。バットマンとゴードンが戦うのは目の前の犯罪者だけでなく、目に見えない街の腐敗でもある。

 

本作にはブルースより年上の人物が多く登場している。彼らはブルースがまだ知らない「社会」や「正義」について語る役割を持っていて、ブルースの父トーマスは理想的な正しい社会を、マフィアの大物ファルコーニは現実の腐敗した社会を、そしてデュカードはトーマスを否定しての自分なりの正義を、ゴードンはトーマスを(本人は自覚していないのだが)肯定しての自分なりの正義を見せている。ブルースは彼らが見せた社会を見て考え、彼らが行使する正義を見て自らの行動を決めていく事になる。

 

ティム・バートン監督の『バットマン』を見て、小道具を駆使するバットマンの姿が忍者に見えたが本作ではそのものズバリ忍者がバットマン誕生に関わる。

忍者って何だよ!?とツッコみたい日本人も多くいるだろうが、忍者と言うのはそれほど荒唐無稽な存在ではない。と言うのも、魔法を使うのはさすがに無理があるが忍術ならまだ現実味があるのだ。それこそ分身の術とかガマガエルを召還するとかは無理だが、忍者が使う忍術の大半は何か道具を駆使するか、肉体を鍛えて対応するか、相手の心理を利用するかとなっているので修行によっては実現可能だったりする。改造や特殊な薬品や放射能を使わずに普通の人間を超人に変えるのに忍者の修行を取り入れた着眼点は面白いと思う。

さすがに忍者がずっと昔から世界の歴史を操作していたと言うのは無理があるので、影の同盟は長い歴史の中で色々な国の要素を取り込んでいって今は忍者が組織の中で主流になっていると言うところだろう。

忍者で「影の同盟」と言うネーミングは千葉真一主演の『服部半蔵 影の軍団』が元ネタだろうか。

 

ティム・バートン監督の『バットマン』ではブルースがバットマンになれた理由は「大富豪だったから」で説明が終わっているが、本作では細かく説明されている。戦闘技術と小道具の使い方はデュカードから教わり、スーツやバットモービルの製造はフォックスが以前に開発していた物を拝借と言った感じになっている。これによってティム・バートン監督の『バットマン』にあった復讐の為にアルフレッドと二人で全て用意したブルースの狂気が分散され、ブルースはまだまともな人間となった。(どちらかと言うとたった一人の窓際部署であんな物を作っていたフォックスの方がヤバい人間に見える) このまとも故に色々と苦悩する事になるのが次回以降のお話。

 

クリストファー・ノーラン監督のダークナイト3部作はテーマが強く出ている。登場人物もドラマを展開すると言うよりは作品のテーマを語っているところがあり、レイチェル辺りはブルースの幼馴染と言う事を考えたらそれはどうなのよと言いたくなる言動を取る事がある。人間が会話していると言うより「バットマン」についての考察や解釈を監督がキャラクターの口を通して語っていると言う感じがして、その辺りは好き嫌いが分かれるかもしれない。(ガンダムエヴァが好きな人は相性が良いかも)

 

スケアクロウはその狂った感じがバットマンシリーズの敵キャラクターらしくて面白い。狂っていながら、ギャング団を持っていて麻薬を使って金儲けを行うあたりの俗さもバットマンシリーズの敵キャラクターっぽい。ダークナイト3部作の敵キャラクターはティム・バートン監督やジョエル・シュマッカー監督のバットマン4部作には合わないキャラクター達であるがスケアクロウだけは登場しても違和感が無さそう。

 

ラーズ・アル・グールは世界の秩序の回復が目的であるとこれまでのバットマンシリーズの敵キャラクターとは規模が違っていて大物感がある。そんな大物がどうしてゴッサムシティと言う街一つに拘った?と感じるかもしれないが、ゴッサムシティは元々はニューヨークの愛称なので、日本で言ったら「東京を破壊する」と言う感じの展開なのである。

遥か昔から世界の秩序を維持する為に暗躍していたと言うだけあって、経済による格差を生み出す事で犯罪者を増やすと言う回りくどいが有効な手段を採っている。しかし、世界の腐敗を無くす事を目的としていながらその手段が自分達の手で世界を腐敗させると言うのは凄まじい矛盾。この辺り、世界の腐敗云々は建前で実際は自分達の手で世界を支配する事が目的なのかもしれない。(そうなると原作ではラーズ・アル・グールがアラビア人設定である事を考えると、今回の映画の構図は9・11以後のアメリカと見る事が出来る)

 

ラーズ・アル・グールの影武者として登場するは渡辺謙。なんか凄そうな登場をしたわりに劇中ではあまり意味が無かったキャラとしてはバットマンシリーズでもトップなんじゃないだろうかと思う。特に日本人だとそう感じるかも。

 

ダークナイト3部作のバットマンは基本的に「自分は殺人は犯さない」と言うルールがある。それはファルコーニがチルを殺し、デュカードが罪を犯した者は処刑すべきと言ったのを見てきたブルースが下した決断。それでは最終決戦のラーズ・アル・グールとの決着はどうなるのかなと思ったが、「殺さないが助けない」と言うのは面白い落としどころであった。いや、それは「見殺し」と言うんじゃないかと言う感じはするが…。