shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『バットマン フォーエヴァー』(1995年公開)

バットマン フォーエヴァー』(BATMAN FOREVER)

1995年6月9日アメリカ公開

監督 ジョエル・シュマッカー

脚本 アキヴァ・ゴールズマン リー・バチェラー ジャネット・スコット・バチェラー

 

ティム・バートン監督から引き継いだジョエル・シュマッカー監督のバットマンシリーズ2部作の1本目。監督は降板したがプロデューサーとしてはまだ残っていたので、ティム・バートンによるバットマンシリーズ3部作の3本目と見る事も出来る。

 

前作の『リターンズ』がバットマンキャットウーマン、ペンギンと全体的にモノクロなイメージなのに対して本作はロビンを始めとして赤黄緑でビカビカ光っているイメージがある。

 

本作ではバットマンブルース・ウェインの心情が明確に描かれている。

1作目で子供の時に目の前で両親を殺された事がトラウマとなり大人になってから自らをバットマンと化して街の犯罪者達を狩っていった事は語られたが、本作ではその辺りの説明がより詳しくなっていて、両親の死後、洞穴に落ちた少年時代のブルースは迫り来る蝙蝠に恐怖し、後に自身を蝙蝠男に変えて街の犯罪者達に恐怖を植え付けようとした事が語られている。

子供時代の恐怖の対象を自分の中に取り込んだわけだが、それは恐怖を乗り越えたと言うのではなく、ブルースは大人になってもその本質は蝙蝠に恐怖した子供時代と変わっていないと言った方が近い。ブルースは表向きは大企業の社長と言う立派な大人なのだが、その正体は正常な成長を遂げられなかった子供だったのだ。本作ではその辺りをヒロインのチェイスに指摘されている。悪夢を追い払ってくれる「お人形」の話はまさにブルースが子供である事の証明だった。

 

ブルースの復讐は1作目で両親の仇であるジョーカーを倒した事で成し遂げられたはずだが、その後もブルースはバットマンとしてペンギン、キャットウーマントゥーフェイスと街に現れる犯罪者達と戦い続ける。それは街の人の助けを受けての正義の行いであるのだが、その一方でバットマンは犯罪者を実に楽しそうに倒す場面がある。両親の仇であるジョーカーを倒した後もバットマンは新たな敵を探して倒し続ける。そしていつの間にか「誰かを倒す事」を目的とするようになってしまう。いかにヒーローとは言え、誰かの命を奪う事、そこには踏み越えてはいけない大きな線があった。その線を一度でも越えてしまったら人はそう簡単には元には戻れなくなってしまう。街の支配者になろうとしたジョーカー、幸せな人々への復讐を企んだペンギン、男と女と言う存在に愛憎をぶちまけたキャットウーマン、自分の本能と欲望をさらけ出したトゥーフェイス。理由と目的はそれぞれだが、踏み越えてはいけない線を越えた存在と言う点ではバットマンも彼らと同類と言える。

 

本作はそんな子供で踏み越えてはいけない線を越えたブルース・ウェインの救済の話となっている。

まずかつてのブルースと同じ境遇のディック・グレイソンが登場し、ブルースは家族を失ったディックの後見人となる。ディックの親代わりとなる事で必然的にブルースは大人として接する事になる。

また、ブルースはディックが自分と同じ道を歩まないよう指導する事になる。最初はディックがロビンとして活動する事自体を止めようとするが、トゥーフェイスリドラーのコンビを前に自分一人では力不足である事、自分が敗北したらチェイスを助けられない事を理解し、ロビンと協力してチェイスを助ける事を決断する。ここでようやくブルースはバットマンを「復讐者」ではなく「人を助けるヒーロー」として捉え直す事が出来た。

バットマンをポジティブに受け入れる事が出来た事で、ブルースは「自分はブルースでもあり、バットマンでもある」事を選択する事が出来た。両親を殺されて天涯孤独となった男が今度は自分が親になる事で救われていくと言うのがティム・バートンバットマン3部作の話だったと言える。

 

本作に登場するトゥーフェイスはハーヴェイ・デント時代が回想のみとなっているので「有能な検事が内に秘めた狂気をさらけ出した」と言う側面が弱い。短気で堪え性が無く、自分の本能や欲望の赴くままに街を荒らす人物となっている。二面性が描かれている部分も少なく、傷の付いた面が出るまで何度もコイントスを繰り返す等、ハーヴェイ・デントの人格が薄れていき、狂気の人格が強くなっている感じを受ける。ジョーカーとのキャラの類似が指摘されるが劇中の言動はペンギンの方に近い。

本作はバットマンの心情に重きを置いていたのでトゥーフェイスを深く描く時間が無かったのだろうが、トミー・リー・ジョーンズが演じるのなら二面性の怖さとか出してほしかったなぁと思う。

 

本作で物凄かったのはジム・キャリー演じるリドラー。自分の発明を理解しなかったブルースへの復讐が行動原理なのだが、その一方でこれまで周りに認められていなかったので「自分は凄い!」と周りに認めてもらいたいと言う欲求も強く、それらが合わさって相手を小馬鹿にして見下したリドラーと言う存在が誕生した。ナゾナゾも「自分は知っている答えを幼稚な言い回しで相手に解かせる」と言うのが前述の相手を小馬鹿にして見下しているのと上手く繋がっている。

リドラーが最後にアーカム精神病院で「私がバットマンだ!」と叫ぶのはかつてブルースが自分が恐怖した対象である蝙蝠を自分と同化させたのと同じ。でも、この場面を見るとブルースはリドラーより強靭な精神を持っていたのだなと思う。復讐と言う明確な目的があったからかな。

 

本作ではチェイスがブルースの恋人でロビンがバットマンの相棒と、ブルースの相手とバットマンの相手が用意されているが、敵キャラクターに関しても、リドラーことニグマはブルースへの復讐を、トゥーフェイスバットマンへの復讐を目的としていると、ブルースの相手とバットマンの相手が用意されている。(だからリドラーはブルースがバットマンである事を知らなかったし、トゥーフェイスバットマンの正体がブルースである事を知らなかった)

ブルース=バットマンである為、リドラートゥーフェイスが完全に手を結ぶ事になり、ブルース=バットマンが二つの自分を受け入れた事でチェイスもロビンもどちらも助けると言う結末が上手く出来ている。

 

バットマンとロビンの新たなスーツはデフォルメではなくリアル路線を進めた結果と言われたら納得できるけれど、もう少し抑えてほしかったなと思う。