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ウルトラ38番目の弟

ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『バットマン リターンズ』(1992年公開)

バットマン

バットマン リターンズ』

1992年6月19日アメリカ公開

監督 ティム・バートン

脚本 ダニエル・ウォーターズ

 

ティム・バートン監督のバットマンシリーズ2部作の2本目。

 

前作ではまだまともな登場人物がいたが本作では色々な意味で狂った人のみが登場する映画となった。漫画的と言うか絵本的なビジュアルと狂った人々による愛想劇のドラマがミックスされて悪夢的な世界観が作られている。

 

前作ではバットマンジョーカーが対比されていたが本作もバットマンと敵であるペンギン&キャットウーマンが対比されて描かれている。

 

まずはキャットウーマンことセリーナ・カイル。彼女はバットマンの二重人格と言うか表と裏の二つの顔を持つ部分と対比されている。

セリーナもブルースも表向きは大人しめの人物であるが、セリーナは抑圧された日常がきっかけで、ブルースは幼い時のトラウマがきっかけで、それぞれキャットウーマンバットマンと言う過激な人格が作られた。

実はティム・バートン版のブルースは初登場時に既にバットマンになっていたのでこの二重人格の部分はあまり描かれていなかった。言ってしまえば、登場した時点でバットマンの人格に飲み込まれていて既に狂っていた状態となっていた。それが前作ではヴィッキー、本作ではセリーナと出会って、失いかけていたブルースの人格が蘇るようになっていたのだ。

対するセリーナは最初に抑圧された日常を送るセリーナを描き、そこから一度死んでキャットウーマンと言う過激な人格が現れ、そのキャットウーマンの人格にセリーナが飲み込まれて狂っていく様が描かれた。言わば、セリーナは本編では描かれなかったブルースことバットマンの前日談の要素を担っていたと言える。

キャットウーマンバットマンのかつての姿なら、バットマンキャットウーマンの未来の姿であったのだ。

 

キャットウーマンの目的はセリーナを一度殺したマックスへの復讐である。しかし、実際のキャットウーマンはマックスへの復讐の前に街に出ては男達を襲い、バットマンやペンギンを翻弄する等、マックス以外の男達にも攻撃を向けている。

実はこれはバットマンにも共通する部分で、バットマンの目的の一つである両親の敵討ちは前作でジョーカーを倒した事で果たされた。本作のバットマンは復讐とは別にゴッサム・シティを守る為と言う正義の行いで戦っている。…のだが、ペンギンの演説をぶち壊したりサーカス団と戦っている時のバットマンは時々不敵な笑みを浮かべている。まるで悪人を倒すのを楽しんでいると感じるほどだ。

キャットウーマンバットマンもスタートは復讐であったのに、その復讐のターゲットが際限無く広がっているのだ。これはシリーズが続くヒーロー作品の問題点でもあるが、その点の言及は次の『バットマン フォーエヴァー』でのお話。

 

バットマンことブルースもなかなか悲惨な過去があるがさすがに本作のペンギンの過去は凄まじい。幼くして両親を目の前で殺されたブルースの苦悩も計り知れないが、それでもブルースは「両親に愛され、今も執事のアルフレッドに愛されている」と言う最後の生命線がある。しかし、ペンギンにはそれが無い。実の両親に捨てられ、その両親も既に死亡していて二度と話す事も叶わない。一時は時代の寵児としてマックスや市民に抱え上げられるが最終的には捨てられている。形勢不利と見るやサーカス団にも見捨てられ、ペンギン達もバットマンに操られて敵となってしまった。ペンギンが敵でありながらどこか悲しさを纏っているのは彼が全てに捨てられ、その捨てた者への復讐で動いていたからであろう。ブルースはバットマンとなって悪人達を相手に戦っているが、もしアルフレッドのような存在がいなかったら、ブルースも復讐のターゲットをジャックや街の悪人達に限定せず、自分と違って幸せを謳歌しているゴッサム・シティの市民全員に向けていた可能性はある。いわばペンギンは「愛を知らないバットマン」なのだ。

 

ペンギンやキャットウーマンバットマンと同じ「人から外れた存在」である。ペンギンがたくさんのアイテムを駆使し、キャットウーマンが並外れた身体能力を駆使して戦うようにバットマンはたくさんのアイテムと並外れた身体能力を駆使して戦う。

 

キャットウーマンやペンギンに比べると話題にならないマックスだが、実は彼が本作最大の敵キャラだったりする。実業家としてブルースと対立し、秘書であるセリーナを抑圧する社長として君臨し、ペンギンを自分の野望の道具として利用しようとした。彼はセリーナやペンギンのような存在を抑えつけて利用するゴッサム・シティの格差問題の象徴であり、市長選を自分の目的達成の道具に使おうと暗躍するゴッサム・シティの不正の象徴でもあるのだ。映画『ノスフェラトゥ』で吸血鬼を演じたマックス・シュレックをモデルにしているらしいが、彼は人の生き血を吸う吸血鬼のようにゴッサム・シティの人々の命を搾取している。

そのまさに「怪物」と言っても良いマックスだが実の息子にかける愛情は本物で、最後は息子を守る為に自分の身を危険にさらす事が出来ると言う一面があるのが面白い。その身内への愛が他の人々を不幸にしていくのだが…。

 

ペンギンが最後に繰り出すペンギン軍団が実に可愛い。ミサイルを背負っているので物騒極まりないのだが、動物+兵器と言うアンバランスが実に可愛かった。

 

本作の主人公でありヒーローは当然ながらバットマンなのだが、最後のマックスとの対決を見ると、やはりキャットウーマンカッコイイ!になる。