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ウルトラ38番目の弟

ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年公開)

ガメラ

ガメラ 大怪獣空中決戦』

1995年3月11日公開

監督 金子修介

特技監督 樋口真嗣

脚本 伊藤和典

 

ガメラ誕生30周年記念として作られた平成ガメラシリーズ第1弾。

 

かつて1954年に東宝の怪獣映画ゴジラシリーズが誕生して、その約10年後の1965年に東宝以外の会社による怪獣映画ガメラシリーズが誕生し、その翌年にTVでウルトラシリーズが始まって怪獣ブームが起きたのと同じく、今度も1984年にゴジラシリーズが復活し、その約10年後の1995年にガメラシリーズも復活し、その翌年にTVでウルトラシリーズが復活して怪獣が親子二世代をターゲットとしたジャンルへと変化した。

 

ゴジラシリーズが第1作を大元としているのに対し、平成ガメラシリーズは第1作を含めた過去の全ての作品をリセットしている。これによって過去の作品を知らない人も本作を起点に新たにシリーズを見られるようになっている。

 

過去の作品をリセットしてはいるが、実際に見てみると、昭和シリーズを思わせる設定や展開が多い。

例えば、平成シリーズのガメラ超古代文明が作り出した生体兵器とされているが、昭和シリーズのガメラアトランティスと何か関係があるとされていた。また、勾玉を通して浅黄とリンクしたのも昭和シリーズで子供達と心が通い合っていたのを思い出させる。昭和から設定を一新したと言うより、昭和では言及や描写がやや曖昧だったり余白が残されていた部分により細かく具体的な言及や設定が付け加えられたと言った方が近い。

 

物語の展開も最初に怪獣による被害が生じて、まずは主人公達や地元の警察官達が調査をし、そこから話の規模が大きくなって自衛隊が絡んでくると言う王道展開。これは初期の東宝怪獣映画と同じで、ガメラシリーズも1作目の『大怪獣ガメラ』は日高教授が主役のパートはこの展開であった。

 

実は本作は人間ドラマは殆ど無い。米森はガメラの、長峰はギャオスの設定を語ったり作品のテーマを語ったりする役である。米森が長峰に気があるような描写があるがそこはメインではない。この「登場人物は怪獣事件を説明する存在」と言うのは初期の東宝怪獣映画を思わせる。

どちらかと言うと本作は「平成に生まれた新しい怪獣映画」と言うより「怪獣映画の基本を平成時代に忠実に再現した」と言える。正直言って、70年代以降の怪獣映画で、ここまで無駄が無く、基本をきっちりと見せた作品は本作以外には無いのではと自分は思う。

 

とは言え、人間ドラマの弱さはやはり問題で、説明役である米森や長峰はともかく、浅黄のドラマが弱いのは残念であった。本作のクライマックスでは浅黄と父親の心が繋がり、さらにその浅黄の心がガメラとシンクロしてギャオスに逆転勝利を収めるとなっているのだが、浅黄の心情面の描写が弱いので唐突な展開になってしまっている。浅黄は序盤から登場しているので、父親ガメラに絡んだ彼女の心情面をもっと深く描けていたら、このクライマックスにおける逆転劇ももっと盛り上がったと思う。

 

 

さて、平成ガメラと平成ゴジラはよく比較されるが、ここで平成ゴジラから平成ガメラへの流れを自分なりに語ってみたい。

平成ゴジラシリーズの『ゴジラ(1984)』と『VSビオランテ』は「怪獣が現代に現れたら?」をシミュレートした作品であったが、続く『VSキングギドラ』から少し雰囲気が変わる。ここでゴジラの大きさが80mから100mにパワーアップするのだが、これ以降もゴジラは赤い熱戦を吐くようになったりとパワーアップを続けた。対戦怪獣も同じで、キングギドラはメカキングギドラに改造され、モスラはバトラと共闘し、メカゴジラはガルーダと合体してスーパーメカゴジラになる等、パワーアップしていっている。

1954年の『ゴジラ』公開から60年代と70年代の怪獣ブームまで、子供達にとって怪獣は馴染み深いものであった。しかし、80年代のいわゆる「特撮冬の時代」になると新しい怪獣作品はあまり制作されなくなり、子供達にとって怪獣は馴染み深いものではなくなった。過去作品を取り上げた書籍やビデオや再放送等はあっても、やはり新作が無いと言うのは大きなハンデであったと思われる。その80年代は『週刊少年ジャンプ』が黄金期を迎えて『キン肉マン』や『北斗の拳』や『ドラゴンボール』と言ったバトル作品が人気を集めていた。平成ゴジラゴジラや敵怪獣のパワーアップを繰り返していったのはこれらジャンプの格闘マンガの影響があったのではないだろうか。

また、平成ゴジラにはメカキングギドラメカゴジラにモゲラにと人が乗り込むロボットが多く登場している。昔から怪獣作品にはロボット怪獣が登場してはいるが、平成ゴジラに登場したこれらロボットは怪獣作品に登場するロボット怪獣と言うよりロボットアニメの特撮版と言った方がしっくりと来る。

平成ゴジラは子供が冬休みに見る映画の定番となり好成績を収めるようになったが、それはジャンプ格闘マンガやロボットアニメと言った怪獣作品以外の子供達に馴染みのあるものを上手く取り込んだからと考えられる。

 

しかし、それは一方で、怪獣と言うキャラクターを使いながら中身は怪獣作品ではなくてジャンプのバトル作品であったりロボットアニメであったりと、見た目は怪獣だけど中身は怪獣ではないと言う見方も出来る。平成ゴジラで初めて怪獣を知った人達は気にならないが、昭和の怪獣作品を観ていた人達は何か違和感を覚えたのかもしれない。その違和感が不満へとなり、昭和ファンによる平成ゴジラ批判に繋がったのではないだろうか。そして平成ガメラはその不満や批判に応える形となった。

先に書いたように平成ガメラは初期の怪獣映画が作り上げた怪獣作品の基本を忠実になぞっている。いわば、昔懐かしい怪獣作品の定番を平成の技術とセンスで復活させたと言える。つまり平成ガメラは怪獣映画の原点回帰でもあったのだ。

 

これは怪獣作品に限らず歴史のあるコンテンツ全てに起こる事で、どちらが良いとか悪いとかではなく、こういう事は起こるものなのだと言える。

平成ゴジラがファミリー映画として定着して、コアな怪獣ファン以外も見るようになった事が後のガメラやウルトラの復活に繋がったと言えるし、その一方で怪獣ファンが自分達が満足できる怪獣映画を求めるのも当然であると言える。平成ゴジラにせよ平成ガメラにせよ、自分が好きなものを好きと言うのは良いけれど、自分が嫌いなものを大っぴらに批判するなよと言うのが自分のスタンスだが、その一方で、自分が気に入らなかったものは批判しないと気が済まないと言うのも正直なところある。

おそらくこれはこの先もずっっと続いていくんだろうなと思うと、我ながら少し気が重くなるところはある。