shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『バットマン』(1989年公開)

バットマン』(BATMAN

1989年6月23日アメリカ公開

監督 ティム・バートン

脚本 サム・ハム ウォーレン・スカーレン

 

ティム・バートン監督のバットマンシリーズ2部作の一本目。

 

バットマンはスーパーマンと共にDCコミックを代表するヒーローであり、スーパーマンと対比されている部分が数多くある。

スーパーマンは宇宙から来て最初からスーパーパワーを有している神のような存在だが、バットマンは普通の人間でトレーニングや開発したアイテムによって人間を超えた行動を可能としている。また、スーパーマンは多くの人にとって憧れの存在で、スーパーマン自身も自分の行いで人間を良き方向に導こうとしているが、バットマンは他の異常者と同一視され、犯罪者に対して私刑を行っている犯罪者と見なされている。そしてスーパーマンは1978年に公開された映画でもそうであったように基本的には人助けの為に動いているが、対するバットマンは本作でもそうであったように自分の両親を殺された復讐が始まりとなっている。

スーパーマンバットマンはヒーローの光と影をそれぞれ表していて、両者を比べる事でヒーローの本質と言うものが見えてくる。日本だとスーパーマンウルトラマンで、バットマン仮面ライダーと言う感じだろうか。

 

バットマンことブルース・ウェインは幼い時に目の前で両親を殺され、その復讐の為に自分をバットマンに変えて犯罪者達を狩っていく。警察が無力な状況ではその行為は正しいように見えるが、冷静になって見ると、法の外で謎の人物が犯罪者達を次々と殺していくと言うかなり異常な事態である。特にバットマンは犯罪者達に自分の存在を知らしめる為に自身の姿を蝙蝠男に変えているが、劇中でヴィッキーが指摘したように、その姿がまともだと言えるのかと問われたら答えはNOであろう。

本作ではジョーカーことジャックがブルースの両親を殺した犯人となっているので、バットマンの行動は「人々を守る」と言うより「殺された両親の復讐」と言う面が強い。それではジョーカーを倒して両親の復讐を成し遂げたらブルースはバットマンを辞めるのかと思いきやそれは無く、ラストシーンで再びゴッサム・シティが危険に襲われたら自分を呼んでほしいとゴッサム市警にバットシグナルを与えている。これまでは勝手に現れて犯罪者達に罰を与えていた復讐者が今度は危険に襲われた街が助けを呼んだら現れるヒーローとなったのだ。

ところが実はこのバットマンの変化には裏があったのだが、それは後の『バットマン フォーエヴァー』でのお話。

 

対するジョーカーはマフィアの幹部ジャックがその正体と言う設定。ジャックがブルースの両親を殺したと言うのはこの映画のみの設定だが、ジャックの行いがバットマンを生み、バットマンの行いがジョーカーを生んだと言う皮肉な関係が実に面白い。この設定によって主人公と敵の話を2時間で収めるのに成功した上、バットマンも実はジョーカーと同類なのでは?と言う隠れたテーマも浮かび上がった。

 

マフィアの幹部時代のジャックは既にサイコ野郎と言われてはいたが実際の行いはそれほどおかしくはない。組織の長であるグリソムの衰えを見て彼の愛人を寝取り、ゆくゆくは組織そのものを乗っ取ろうとする等、マフィアとしてはまっとうな生き方をしていた。

それがおかしくなったのはグリソムとバットマンが原因で酸の樽に落ちて自分の姿が醜くなってから。それもおかしくなったと言うより正確にはタガが外れたと言う感じで、ジョーカーが何を考えて何を目的としているのかと言うのは実はジャック時代と変わっていない。グリソムを殺して組織を乗っ取り、良い女のヴィッキーを手に入れようとし、自分を殺しかけたバットマンへの復讐を企む。ジョーカーは途中からTVを使った派手な行動を取るようになったが、それはバットマンがマスコミの注目を浴びていたので、そのバットマンへの対抗心から、これからは自分がバットマン以上に注目を浴びようとしたのだ。

つまり、不可抗力とは言え、バットマンは一人の男の心の中にあったタガを外して暴走させてしまったと言える。

 

ジャックはそれなりの年齢(演じたジャック・ニコルソンは当時52歳)で街を牛耳るマフィアのボスであると本来なら権威や権力の側の人間なのだが、ジョーカーとなった彼はその権威や権力と言ったものを破壊していく。

例えば、ジョーカーがギャングを引き連れて美術館で暴れ回り死をテーマにした美術品は素晴らしいと語る場面や自分をイメージした巨大風船をバックにはしゃぐ場面は10代や20代のキャラクターなら「若い頃はこういう時期もあるよね」であまり気にならないが、それを50代の組織の長がやってしまうとギャップで恐ろしさが出る。

ジャックの時はそれなりにまともだったのにジョーカーになったらやたらとハイテンションで権威や権力を小馬鹿にして死を讃えるようになると言う「中二病」っぽくなった理由は不明だが、バットマンに対して「酸に落とされてから立ち直るまでどれだけ大変だったか!」と訴える場面があるので、こうしないと精神が保てなかったのかもしれない。そうなると本作のジョーカーは正確には狂ったのではなくて「狂っているふりをしている」と見る事が出来る。つまり「自覚した狂気」なのだ。それは自分は正しいと思っていたらヴィッキーに「あなたも狂っている」と指摘されて初めて自分がまともじゃなかった事に気付くと言う「無自覚な狂気」だったバットマンの逆である。

 

本作のヒロインであるヴィッキーだが、彼女の役回りはマスコミと言う真実を探ろうとする立場で、観客と共にバットマンジョーカーの真実を知っていくである。バットマンことブルースの心に深く入っていく事までは出来ず、それは次の『バットマン リターンズ』に持ち越される事となる。

 

自分の執事のイメージは子供の頃に見た本作のアルフレッドの影響が強い。坊ちゃまと二人暮らしで、家事からアイテムの整備まで何でも出来て、ちょっと洒落っ気が効いている老人。で、結構俗っぽいところもあったりすると言う。

 

原作のアメコミでは白人だったハーヴェイ・デントが本作では黒人になっている。『バットマン フォーエヴァー』はティム・バートン監督ではなかったので役者も変更になってしまったが、このままビリー・ディー・ウィリアムズが演じていたらどのようなキャラクターになっていたのか気になるところ。

 

バットウィングに乗ったバットマンが路上のジョーカーを攻撃するも、ジョーカーはそれに怯まず、逆に長ーーい銃でバットウィングを撃ち落とす場面がとても好き。