shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『大巨獣ガッパ』(1967年公開)

大巨獣ガッパ

1967年4月22日公開

監督 野口晴康

脚本 山崎巌・中西隆三

 

ゴジラ東宝ガメラ大映とギララの松竹に続いて日活が製作した怪獣映画。
松竹が特撮の定番である宇宙を題材に選べば日活は特撮のもう一つの定番である南海の孤島を題材に選んだ。
そして松竹が製作した『宇宙大怪獣ギララ』と同じく色々と詰めが甘いところがある作品。特に特撮に関しては合成は甘いし、ガッパの巨大感が出ていない場面もあってガッパの大きさがイマイチ分かりにくかった。
その一方で赤くした目のアップでガッパの怒りを表現したり、子供がお腹を空かせていると思ってタコを咥えている等の表現は面白く、感情表現が難しい着ぐるみでありながら親子の情愛を描こうと言う気概が伝わる。
 
人物描写で面白いのは、東宝怪獣映画(本多監督作品)では主人公達はそれぞれの考え方が異なっていても「怪獣や侵略者と言った大きな事象の前に人々は団結する」と言うのを体現するのだが、本作でそれが実現するのはかなり終盤に入ってからとなっている。
また、主人公達が必ずしも善人ではなく、記者の黒崎は特ダネと社長からの命令を実行する為にガッパの子供を日本へと持ち運び、学者の殿岡も博士号を取る為にガッパの情報を独占したいのではと詰め寄られると口をつぐんでしまった。これが東宝怪獣映画(本多監督作品)だと記者である黒崎は拝金主義であるプレイメイト関係者を糾弾しただろうし、学者である殿岡は博士号を欲しくないと言えば嘘になるがそれよりも人類全体の宝を失いたくないくらいは言い切ったと思う。東宝怪獣映画(本多監督作品)が主人公達に人間の善性を投影しているのに対し、本作は主人公達も理想と現実と利他と利己の間で揺れ動く人間となっている。
一方、東宝怪獣映画(本多監督作品)では主人公とは別に用意される拝金主義や利己的な人間を本作ではプレイメイトの社長が担っているが、彼は仕事とは別に母を失った娘との話が用意され単純な悪人ではなくなっている。
東宝怪獣映画(本多監督作品)は善悪の人間配置を分かりやすくしてドラマをテンポ良く見せる一方で人間ドラマが薄くなると言う問題があり、本作はそれぞれの人物を多面的に描く事でその人物に厚みを持たせた一方で主人公達に感情移入しにくくなると言う問題が起きた。この辺りは作品ごとのバランスの取り方なので、日活も何作か作っていれば怪獣映画におけるベターな人間ドラマの作り方のノウハウが出来たのかなと思うと日活の怪獣映画が本作限りだったのは残念。
 
高度経済成長を背景にまさにイケイケドンドンとなった日本の傲慢さや危うさが描かれていて、その日本人が現地の住民の反対を押し切って連れて帰ったガッパの存在によって主要な登場人物は色々なものを失ってしまう。
ガッパを連れて帰った事で日本各地に被害をもたらしたプレイメイトは後に社会的責任を負う事になるだろうし、それに関わった黒崎や殿岡には今後様々な困難が降りかかるだろうし、ヒロインの糸子も自分には仕事は向いていないと言う事を認めてしまう。ガッパ親子が再会して島に帰った事で一見ハッピーエンドに見えるが、怪獣がいなくなった後の日常においては結構取り返しのつかない打撃がもたらされた話であった。
 
それにしても主題歌のインパクトは凄いなぁ。
一度聴いただけで耳から離れなくなる。