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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』(2003年公開)

ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』

2003年12月13日公開

監督 手塚昌明

特殊技術 浅田英一

脚本 横谷昌宏・手塚昌明

 

龍二部作の2作目。ミレニアムシリーズも5作目になって特撮も円熟。
冒頭の戦闘機と怪獣の空中戦を『VSキングギドラ』と、モスラ関連の描写を『VSモスラ』と、メカゴジラ関連の描写を『VSメカゴジラ』や『VSスペースゴジラ』と比べてみると技術や見せ方の進歩が分かる。
 
前作では茜のドラマに時間が割かれて深く描きこまれていなかった機龍の話を取り上げていて、「メカゴジラ」と言う「ゴジラ」の名を冠する存在の哀しさを描いた。人間の身勝手さで生まれ、死後も人間の都合で使われて同族と戦わされると歴代ゴジラの中でも特に哀しい。
 
メカ描写が多い割に特撮作品で整備が取り上げられる話は少ない。
本作の主役怪獣はゴジラではなくてメカゴジラ。そのメカと最も多くの時間を共に過ごしている整備を主人公にする事で実際の出番が少なくても劇中における機龍の存在感が増した。
 
最後の機龍からのメッセージはありえないのかもしれないしベタなのかもしれないが、それでも、この人間とメカのドラマなら最後のあのメッセージは必要だったと思う。
 
あの機龍からのメッセージは「初代ゴジラ」からのメッセージでもある。
あの初代ゴジラが永遠の眠りにつく寸前、人間に別れのメッセージを残したと言うのは考えてみるとなかなか興味深い事柄である。
 
本作は『モスラ』の続編でもあり、登場するモスラは『ゴジラVSモスラ』と似た理由で『モスラ対ゴジラ』と似た行動をとると、モスラシリーズの総決算と言う側面も見える。
 
昭和の作品とダイレクトに繋がっているのは前作からの流れであるが、ゴジラシリーズでありながら『モスラ』と繋がっているが『モスラ対ゴジラ』は無かった事になっていると、ややこしい事になっている。
ミレニアムシリーズは1作ごとに世界観が独立しているので作品の自由度は増したが、1作ごとに細かく世界観が設定されている事で事前に予習しておかないと理解が大変になると言う問題が生じてしまった。
ファミリー映画だったゴジラシリーズが段々とマニア向けになって来て、かつてに比べて話題にされる範囲が狭まってきた感じ。この辺り、ゴジラシリーズが段々と終焉に向かって行っているのを感じる。
 
手塚監督作品3作目。
今回は『×メガギラス』の淳少年や『×メカゴジラ』の茜と沙羅のような対ゴジラ作戦とはあまり関係が無いドラマは無く、全てがゴジラと戦う機龍とモスラに繋げられているので、ドラマは3作の中で一番まとまっている。
 
前作と同じく本作も従来に比べて15分ほど短くなっているので、大きな変化を伴うドラマは無く、機龍出撃に関わるそれぞれの細かいエピソードの集合と言った感じに作られている。そこが上映時間にマッチしていたと思う。
 
ただ、中條と機龍の関係に絞っていたので、ヒロインの如月がドラマ面で割りを喰らった感じになった。元は整備士と言う設定がありながら活かされず、中條の設定紹介役で終わってしまった感じ。
如月と秋葉のキャラを一つにまとめた方が良かったのかもしれない。如月&秋葉のキャラを空自時代から機体の扱いが乱暴で中條と対立している人物とし、中條と如月&秋葉のキャラが戦いを通して理解を深めると言う構図にした方がすっきりした感じはする。
 
機龍は初代ゴジラの骨を人間が引き上げて対怪獣用メカとして蘇らせたと言う設定。
そして人間がゴジラを蘇らせる事を小美人は断罪し、ゴジラを眠らせるよう訴える。
ここで語られる「ゴジラ」を単に生物としてのゴジラではなくて作品としてのゴジラと解釈すると、初代『ゴジラ』の設定を何度も取り上げて新たな戦いや物語を課すのは止めて、ゴジラシリーズそのものを眠りにつかせろと訴えているようにも受け取れる。
そう、機龍の中にある初代ゴジラの骨は「もう休みたい」のだ。
ならゴジラの骨を手放せばモスラが代わりに日本を守ると言うのは平成VSシリーズが終わった後に平成モスラが続けられた事を踏まえての発言かもしれない。
その小美人や機龍の中にある初代ゴジラの骨の言葉を人間が受け入れたところでエンドロールが流れるが、それが終わると人間はまだゴジラを始めとする怪獣達のDNAを所有していて、いつでも怪獣を蘇らせられるようにしている事が明かされる。
そう、一つの作品で「ゴジラをもう眠らせよう」と言う結論が出ても、また新たな作品で人間はゴジラを蘇らせてしまう。
ゴジラを求める人達がいる限り、新たなゴジラシリーズが作られる。
その度に初代ゴジラの眠りは妨げられ、蘇らせられる。何度も、何度も…。
そう考えると、このラストシーンはゴジラシリーズに関わるファンも含めた多くの人達の「業」を見せたシーンだったと言える。
 
そして本作の翌年にゴジラシリーズは一旦眠りにつくが、それから10年の時を経て、ゴジラを求める人達によって初代ゴジラのDNAは再び解き放たれる事となる…。