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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』(2000年公開)

ゴジラ×メガギラス G消滅作戦

2000年12月16日公開

監督 手塚昌明

特殊技術 鈴木健二

脚本 柏原寛司三村渉

 

前作『ミレニアム』は平成VSシリーズと違う路線を開拓しようとした意欲作だったが、平成VSシリーズを引きずったところがあって、それが幾つかの混乱や迷いを引き起こしていた。そこで本作では「首都・大阪」の設定でこれまでのシリーズの流れを断ち切る事に成功した。
 
2作目以降は無かった事にするのは既に『ゴジラ1984)』と『ミレニアム』であったが、1作目すらパラレル扱いにすると言うのは衝撃的だった。しかし、この事によりゴジラシリーズは1作目の呪縛から解き放たれ、新たな可能性を手に入れた。
 
本作では映画一本で世界観を確立させる為に実際の日本史とは違うプラズマエネルギー開発史が導入された。その架空の日本史を観客に分かりやすく理解させる為の魔法の言葉が「首都・大阪」だった。この一言で観客は映画の中の架空の日本史を受け入れやすくなった。
 
前作『ミレニアム』は登場人物のドラマが弱かったが、本作では登場人物の殆どを1996年のゴジラ大阪襲撃に関わらせ、各登場人物のドラマをゴジラ打倒一本で纏める事が出来た。
 
本作の特徴として田中美里さん演じる辻森桐子が主人公である事が挙げられる。
ゴジラシリーズで女性が重要な役を担う事はこれまでもあったが、自ら前線で武器を持って戦うのは画期的でゴジラ新世紀と言う感じがした。
 
GグラスパーはGフォースと言うよりウルトラシリーズの特別チームに見える。本作が公開された時期にウルトラシリーズのTVシリーズは無かったが、ここはウルトラ寄りよりもう少しゴジラ寄りの描写にした方が独自性が出た気がする。でも、Gグラスパーはこの「チームと言う感じ」が良くて、それがラストの勝利の喜びに繋がるんだろうな。
 
最初に『空の大怪獣ラドン』のメガヌロンが再登場すると聞いて、どうやってゴジラと戦わせるんだ?と思ったが、メガヌロンからメガギラスへの進化によって一体の新怪獣として確立された。
そう言えば、日本のゴジラシリーズの新怪獣は『ミレニアム』のオルガが最後になる。つまり、21世紀に入って新怪獣はまだ出ていないと言う事になる。(モンスターXはカイザーギドラの前身なので除く)
 
ゴジラとメガギラスの戦いは「70年代か!?」とツッコみたくなる演出で平成の世では逆に新鮮。メガギラスの表情が憎たらしくて良いw ゴジラの尻尾ぐるぐると大ジャンプは笑ったw
 
本作のゴジラは昭和っぽい性格でメガギラスとの戦いも面白かったが、その一方で可愛く見えるところがあって桐子が恐怖や憎悪を抱いている対象と言うには違和感があった。特撮と本編が微妙にズレていた印象。
 
ゴジラは日本が開発したエネルギーを襲い、メガギラスに果敢に挑む等、前作『ミレニアム』で語られた「人間が作ったエネルギーを憎んでいる」「リベンジを果たす」を引き継いでいる。
 
残念なのは淳少年のドラマ。Gグラスパーとの接点が無く、桐子との話が強引だった。淳とメガギラスを関わらせる為にGグラスパーが間の抜けた対処をする事になる等、作品全体に無理を生じさせる結果となってしまった。
淳とメガギラスの「学校の怪談・怪獣ヴァージョン」みたいな雰囲気は面白いのだが本作には合わなかった。少年を中心にしたジュブナイルの雰囲気はこれまでのゴジラシリーズには少なかったので興味深い要素ではあったのだが…。
 
特撮で気になった点と言えば、作り物のミニチュア感が強いと言うか全体的に大きさを感じられなかったカットがあった事かな。前作『ミレニアム』の特撮の見せ方が良かっただけに残念。
 
平成VSシリーズっぽい作品だが、「首都・大阪」とか1作目すらパラレルにするとか、ゴジラ映画はまだまだ可能性を秘めている事を示した作品だった。