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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ゴジラ』(1984年公開)

ゴジラ

1984年12月15日公開

監督 橋本幸治

特技監督 中野昭慶

脚本 永原秀一

 

昭和最後にして平成VSシリーズの始まりでもある作品。
ゴジラ60年の歴史の中でちょうど真ん中の30年目に位置する、色々なものが交差した作品。
 
メカゴジラの逆襲』以来9年振りの作品となっているが、本作は2作目以降の作品は無かった事にして1作目の続編と言う位置付けになっている。1作目の存在を残した事で「新たなゴジラを作る」と言うより「かつてのゴジラを思い出させる」と言う作りになっている。
 
ゴジラは帰巣本能を持つ生物であるとされている一方、放射能をエネルギーとする怪獣でもあるとされた。昭和のゴジラは攻撃を受けたら傷付き、魚な牛を食べるなど生物の延長線にあった存在だったが、本作では放射能をエネルギーにした事で生物を超えた存在へと変わっていった。
 
昭和のゴジラは最初は恐怖の象徴だったが段々とキャラクター化して人類の味方になっていった。そこにかつての恐怖の象徴のような存在としてヘドラメカゴジラが敵として現れたわけだが、今回のゴジラはそのヘドラメカゴジラが持っていた「かつてのゴジラ像」を取り込んで復活した。そして恐怖の象徴の部分を取り戻す一方で、キャラクター化していた部分はサイボットゴジラによる細かい仕草として形を変えて残された。
ここまでのゴジラ30年の歴史を全て取り込んだのが本作のゴジラと言える。過去の技術と当時の技術が混ざり合った、久し振りのシリーズ復活故の混乱を感じるが、その混乱を経たからこそ、後の平成VSシリーズと言う新たな道が開かれたと言える。
 
ショッキラスは『空の大怪獣ラドン』に登場したメガヌロンを思い出す存在。
巨大怪獣は人間と絡ませるのが難しいので巨大怪獣の破壊場面も「向こう側のお話」と感じる時があるが、ショッキラスぐらいの大きさになると人間と怪獣が同じ画面に収まるので「自分達の側にいる」と感じて恐怖感が増す。恐怖感が増すと言うより安心感が無くなると言った方が正しいかな。
今回はゴジラも巨大な脚の仕掛けや合成を使う事で人間と怪獣が同じ画面に収まる演出をしているのだが、こちらはゴジラが巨大すぎて逆に現実味が薄れ、ショッキラスほどの恐怖は作れなかった感じ。
 
政治絡みの話が多いのが本作の特徴で、ここはこれまでのゴジラ作品には無かった新しい部分。
 
1作目では戦争と核を体験した人が多かったが本作の頃にはそれも少なくなり、戦争や核がシュミレーションのように描かれているのが時代の流れを感じる。
 
1作目のゴジラが9年前に終結した戦争を蘇らせて当時の脅威であった核を実際に東京にもたらした存在だとしたら、本作のゴジラは東西冷戦や抑止力としての核と言う危うい均衡の上に成り立っていた世界の図式をぶっ壊してしまうトリガーのような存在となっている。
 
最初に高層ビルが乱立する東京を映し、その後にゴジラによる破壊と核ミサイルの発射が描かれているので、牧達が廃墟と化した東京を逃げ回る場面の終末感が凄い。
本作より大きな被害が出ている作品は他にもあるが、画面に表れている終末感では本作がゴジラシリーズの中でもズバ抜けていると思う。
 
奥村兄妹と林田博士が本多作品を思わせる人物である一方、若さ溢れる牧は福田作品を思わせる人物であった。
牧は序盤の政府に立ち向かっていくのが面白かったので、中盤以降は林田博士の助手になって大人しくなったのはちょっと勿体無かった。
 
ドラマに関してはどうにも乗りきれないものを感じる。
中心人物の牧がゴジラとの関わりが弱いのが原因かもしれない。最初のゴジラに家族を殺されたが長い時を経て憎しみを失った林田博士と復活したゴジラによって生活が滅茶苦茶になってしまった奥村兄妹に絞った方が良かったかも。
 
本作で復活したゴジラと最も対比されていたのは三田村総理。
ゴジラが危うい均衡の上に成り立っていた世界を壊す存在なら、三田村総理はその均衡を守ろうとする存在。最後の火口に消えるゴジラを見送る三田村総理の涙は色々と考えさせられるものがあった。
日本の映画で総理大臣が主役なのは珍しく、アメリカやソ連に対してハッキリとものを言えるカッコ良さが印象に残った人物。
 
本作は1978年生まれの自分が初めて見たゴジラ映画。
当時はまだ現実と作り物の区別があまり付いていなかったので、ただひたすらに怖かった記憶がある。この後に大島三原山が実際に噴火するので、余計に現実と作り物である本作の間にある境と言うものが自分の中で無くなった感じだった。
 
そう言えば、自分が子供の頃に見た時はゴジラとスーパーXの戦闘はもっと派手な印象があったのだが大人になって見返すと意外と地味で、逆に子供の頃は殆ど印象に残っていなかった三原山火口の場面が大人になって見返すと印象深い場面になっていたので、子供の時に見た印象と大人になって見返した時の印象はやはり変わるもんなんだなと思った。