読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦! 南海の大怪獣』(1970年公開)

『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦! 南海の大怪獣』

1970年8月1日公開

監督 本多猪四郎

特殊技術 有川貞昌

脚本 小川英

 

円谷英二監督がクランクイン直後に死去した為、本作が円谷監督がクレジットされる最後の作品となった。
 
1970年と言う第1次怪獣ブームと第2次怪獣ブームの狭間に公開された為か、マイナーに当たる作品ではあるが短い時間に色々な要素が破綻無く組み込まれていてなかなかの良作。
 
 
怪獣モノの定番である「辺境の化け物伝説が実際に起こる」と言う話。
南海の島をリゾートとして開発しようとした日本人が地元住民が恐れる化け物の怒りを買った為、地元住民の怒りまで買ってしまうと言うのが前半の流れ。
セルジオ島はかつて日本軍が占領していたのだが地元住民の日本人への印象は良かった。それが開発の為にゲゾラの怒りを買った事で地元住民は常に日本人に敵意の眼差しを向ける事になる。
おそらく戦時中の日本軍はセルジオ島の伝説には手を出さなかったのだろうが、戦後にセルジオ島を開発しようとした日本人は伝説に手を出して地元住人の怒りを買ってしまう。この戦時中より武力を放棄した戦後の経済発展時の日本人の方が他の国の考えを尊重しなくなったと言う視点が興味深い。
 
辺境を舞台にした怪獣作品では人間と怪獣の距離感が近い事が多い。
これが東京等の都会だと怪獣が出現するとすぐに情報が伝えられ、発達した各交通網を使って怪獣から距離を取る事が可能である。しかし、辺境では怪獣出現を察知してそれを伝える情報網が未発達で、怪獣が現れてもそこから逃げる手段が無い。特に本作はセルジオ島から脱出できない状況だったので、怪獣が自在に闊歩する中で人間は対処しなければいけなかった。
 
ゲゾラと言うイカの怪獣が登場するのだが、一度目と二度目の登場はそれぞれ海に繋がる所だった。なので、ゲゾラを恐れた横山が錯乱しても、海から離れた山に籠っていれば良いじゃないかと思うのだが、ここで初めてゲゾラを地上に出し、横山のいた建物を破壊して横山を殺害する事で、この島では怪獣から逃げる事は出来ないとした流れは見事であった。
さらにこの時点では真偽不確かであったが、ゲゾラは人間の心を読む事が出来るとし、実際、逃げようとした横山の心を読んで襲ってきた事で、怪獣からは逃げられないと言う恐怖感が高まった。怪獣作品で「心の中で考える事すらアウト」と言うのはあまり例が無く、これは結構怖い設定だった。
 
触手を持ったゲゾラのデザイン、南海の島が伝説の舞台、人間の心を読む怪獣、正体で宇宙生物が出る等、クトゥルー神話っぽい雰囲気も感じる。宇宙生物の名前が「ヨグ」なのもクトゥルー神話の「ヨグ=ソトース」から来ているのかもしれない。セルジオ島の祭壇を舞台に祈祷師を見下ろすゲゾラのシーンが邪神ぽくて結構カッコイイ。
 
後半では雰囲気が変わり、怪獣達を倒すべく人間達の反撃が始まる。
島の祈祷師が倒されたところで、それまで日本人を敵視していた住民が日本人に武器やガソリンを渡して共に戦う決意をしたり、かつて日本軍が残した武器を手に日本人がリーダーとなって住民を率いていく等、色々と深読みできそうな感じもするが、個人的にここは舞台の関係で自衛隊を出せない代わりに主人公達が戦えるよう用意された設定と言う感じがする。(これらの武器やガソリンが無いと後半の展開がかなりしんどくなっていた)
 
本作ではゲゾラ、ガニメ、カメーバと3体の怪獣が登場しているが、宇宙生物が地球の生物に取り憑いて怪獣化させたと言う設定なので、3体も怪獣が登場していながらゴチャゴチャした感が無くてまとまっている。まぁ、地球の生物について調べる為に乗っ取っていたのなら水絡みの生物ばかり選ばずに陸上とか空の生物にも取り憑かないととは思うが。
ゲゾラは着ぐるみ怪獣の問題点の一つである「人間の形が残ってしまう」を上手く隠したデザインになっていた。またカメーバの固さが表現されていた甲羅や首が伸びるギミック等も面白く、もっと評価されても良い怪獣達だと思う。
 
本作の見所の一つは佐原健二さん演じる小畑。
佐原さんは二枚目を演じる事が多いがこういう手前勝手な人間を演じるのも上手い。
本作では途中から宇宙生物に乗っ取られる事になるのだが、元々の手前勝手な行動と宇宙生物に乗っ取られた後の行動の差異が少ない事で周囲の人間は多少は不審に思いながらも決定的な疑いには至らなかったと言う流れが上手かった。
そして宇宙生物に乗っ取られてその意識も奪われた時には、不定型なアメーバ状である宇宙生物は口を動かして喋る事はしないので、宇宙生物が喋る際には口以外の部分がピクピクと動くと言う見せ方が実に素晴らしく、まさに乗っ取られた人間と言うのが表現されていた。
そしてこの決して善良とは言えない手前勝手な小畑だからこそ、クライマックスの展開が実に見応えのあるものになっている。
 
残念なのはクライマックスの怪獣対決がイマイチ盛り上がらない事であろう。せっかくの形勢逆転劇なのでもっと盛り上げられたと思うのだが…。
本作に地味な印象があるのもこの怪獣対決が消化不良のまま終わってしまった事が理由の一つかもしれない。