shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』(1969年公開)

ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』

1969年12月20日公開

監督 本多猪四郎

脚本 関沢新一

 

前作の『怪獣総進撃』でゴジラシリーズの物語に一区切りが付けられ、今作ではゴジラシリーズそのものに一区切りが付けられる事となった。もっとも、本作は東宝チャンピオンまつりの第1回作品でもあり、2年後の1971年にはまた新しいゴジラシリーズが始まるのだが…。
 
本作では怪獣がいない現実世界を舞台にしていて、怪獣は子供が夢に見る空想の産物とされている。メタ視点を取り入れる事で「怪獣とは何か?」を語った作品。
一郎少年の周りにあるのはいじめっ子のガキ大将、両親が共働きで大人がいない自宅、廃墟やゴミや車や公害が溢れている、銀行強盗、子供の誘拐。これら子供にとって恐ろしいものが形を変えたのが「怪獣」である。つまり、子供が現実にある恐ろしいものを空想世界における「怪獣」に置き換える事で幼いなりにそれらを咀嚼して理解して受け入れているのだ。これと同じなのが大人にとっての「宗教」。ラストにある「大人にとって宗教があるように子供にとってミニラ大明神がいてもおかしくない」が本作のテーマ。
 
南さんは「大人の宗教のように子供には怪獣がいる」事を理解していて、その話を聞いたマスコミ達もなるほどと納得している。子供が夢見る空想と言うものを理解して、それを馬鹿にしないで見守ると言う理想的な大人の姿が描かれていた。
 
怪獣が最初はいじめられっ子の子供にとっての現実逃避の道具とされていたのが、その逃避した夢の世界での物語が子供を強くし、最後は現実世界で強盗犯やいじめっ子に立ち向かえるようになる展開が素晴らしい。
最初の『ゴジラ』は子供向けではなかったと思うが、第一次怪獣ブームの頃になると怪獣は子供向けになっていたのは事実であろう。その事実を受け止め、だからこそ子供達にメッセージを送る事が出来るとしたのが本作。この答えに辿り着き、メタ視点を交えてそれを劇中でハッキリと描いた事で「怪獣」はその役目を一つ終えたと言える。
 
本作のミニラは一郎と同じ大きさになって人間の言葉も話す。
あの怪獣王ゴジラの息子なのに(だからと言うべきか?)怪獣の枠にハマらないミニラさんのフリーダムっぷりは相変わらず凄いw