読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967年公開)

『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』

1967年3月15日公開

監督 湯浅憲明

脚本 高橋二三

 

ガメラシリーズ第3弾。

エンディングに子供達の歌う『ガメラの歌』が使われる等、これまでより子供を意識した作りになっている。

第1作と第2作で使われた要素が再び出ているが、それらが実に上手く混ざり合っていて完成度の高い作品となっている。

 

1967年は3月に本作と『宇宙大怪獣ギララ』が公開され、4月には『大巨獣ガッパ』が、7月には『キングコングの逆襲』と『長篇怪獣映画 ウルトラマン』が、12月には『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』が公開されると言う物凄い年となった。さすがは怪獣ブーム!

 

『大怪獣ガメラ』では俊夫少年と他の人物を断絶させる事で俊夫少年とガメラの繋がりを描いたが、本作の英一は祖父である村長との繋がりが描かれている。英一がガメラを応援するのは「ガメラは強くてカッコ良くて自分達の味方」と言う子供故の根拠の無いものだったのだが、終盤で英一がガメラがギャオスを倒してくれたら道路工事が再開されておじいちゃんが村人にいじめられなくなるはずだと言い、それまで強欲だった祖父が孫の言葉を聞いて立ち上がり自分の所有する山を燃やしてガメラを招く事で英一も祖父もそして見ている観客もガメラにギャオスを倒してほしいと言う気持ちで一致し、クライマックスの戦いで皆が団結してガメラを応援する構図になっている。

 

『大怪獣ガメラ』と『ガメラ対バルゴン』ではガメラは俊夫少年を助ける場面が見られたが基本的には人間が作った施設を破壊していたので人間にとっては厄介な存在だったのだが、本作ではガメラが英一をギャオスから助ける場面を入れる一方、人間が作った施設を破壊する場面は外す事で、ガメラは人間と敵対する存在ではないと明確にされた。(エネルギー吸収も今回は噴火した富士山と言う自然から行っている)

 

『大怪獣ガメラ』では子供を助ける場面があっても登場怪獣がガメラ一体のみなので最後は人間とガメラが戦わなければいけなかったのだが、そこを『ガメラ対バルゴン』にあった人間の脅威となる敵怪獣をガメラが倒せば結果的にガメラは人間の味方と認識されると言う構図を加える事でガメラを完全な人間の味方とする事が出来た。

 

ただし、劇中での描き方の面白いのは実はガメラが完全に人間の味方だと言う描写が無い事。確かに子供好きで英一を助ける場面があるのだが、最初のギャオスとの戦いはガメラが富士山のエネルギーを求めて近くにいたので戦闘に至ったとも見えるし、クライマックスでの戦いも村長が山火事を起こしてガメラを呼び寄せたからと言うふうになる等、主人公の英一の視点で見たらガメラが英一を助けに来てくれたように見えるが、実はガメラは目の前の子どもは助けるけれど実はそんなに積極的に人間を助けるつもりは無かったと言うようにも見える。この辺りのバランスが実に良い。

 

ガメラ対バルゴン』に続いて本作でも人間の欲深さが描かれるが、登場人物全員が完全な悪人ではない事、最後は全員が満足できる結末に至ったところが前作との大きな違い。欲深さからの身の破滅も序盤にあった新聞記者だけに留める等、後味が悪くならないよう配慮されている。

 

英一に対する態度の柔らかさのせいか、本作に登場する自衛隊の人達は他の怪獣作品に比べて親しみの持てる人物となっている。

 

敵怪獣のギャオスは「切る」と言う超音波メスが絶大なインパクトを残した。これまで登場した怪獣が吐くものは何かを燃やすか爆発させるかだったので、スパッと切れると言う表現は斬新で、また痛みも良く伝わって来た。怪獣の流血が多い事も含めて、この「痛さ」の表現がゴジラシリーズやウルトラシリーズと言った円谷特撮との大きな違いとなった。

ガメラとギャオスの戦いはギャオスの超音波メスを生身で受けたらガメラはダメージを負うが甲羅で受けたらダメージを負わない。ガメラは炎を吐くがギャオスはそれを鎮火させる煙を吐ける。ガメラは甲羅に籠ればギャオスの超音波メスを防げるが煙でジェット噴射を消されたら移動できなくなる。ギャオスは空を飛べば素早いが骨格の関係で後ろを振り向けないので背後が弱点等、両者の得意不得意が色々とあり、いかにして自分有利の展開に持って行くかと言う戦術が楽しめる戦いとなった。