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shoryu38の特撮・ヒーロー日記

ウルトラマン、鉄神ガンライザー、ゴジラ、ガメラ、アメコミ映画と色々な事を書いていくブログです。

『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(1983年公開)

スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(STAR WARS EPISODE Ⅵ RETURN OF THE  JEDI)

1983年5月25日アメリカ公開

監督 リチャード・マーカンド

脚本 ローレンス・カスダン ジョージ・ルーカス

 

スター・ウォーズシリーズ第3弾にして旧三部作の完結編。

本作も1983年に公開された後、1997年に「特別篇」が公開されている。

日本では公開から長らく『ジェダイの復讐』と言うタイトルであったが2004年に『ジェダイの帰還』へと改題された。

個人的にはジェダイに「復讐」は合わないし、これではジェダイとシスの戦いのみを示しているので、一時期は途絶えたジェダイがルークの出現によって帰って来た、暗黒面に落ちたアナキンがジェダイに帰って来た等の意味から「帰還」の方が良いと思う。(世代的には「復讐」の方が馴染みがあったりするんだけど)

 

旧三部作の完結編なので前作『エピソード5』で起きた諸々の問題が次々に解決していく。ルークとレイアが生き別れの兄妹なんてさすがに強引だろうと思ったが、この三部作で全てを綺麗に収めたのを評価したい。やはりこういう映画は最後に大団円が良く似合う。

 

前半はジャバ・ザ・ハットとの決戦。

ジャバ・ザ・ハットのアジトは様々な種族が入り混じっていて『エピソード4』のタトゥイーンの酒場をより大きくした感じになっている。ジャバ・ザ・ハットとの決戦ではレイアが自分を捕らえていた鎖で逆にジャバ・ザ・ハットの首を絞めると言う登場初期を思わせる荒々しさを見せる等、全体的に『エピソード4』に近い雰囲気になっている。

本作では帝国軍との決戦が後に控えているのでジャバ・ザ・ハットとの決戦は序盤で終了してしまっている。さすがにここに時間をかけるわけにはいかなかったのかボバ・フェットがあまりにもあっけなく死んでしまっている。初登場時から何か凄そうな雰囲気を見せていながら特に何かしたと言う描写が無かったのが哀しい…。(一応、『エピソード5』でハン・ソロの足取りを掴んだりしているが)

 

病によってヨーダが死んでしまう。

ヨーダは死と言うものを受け入れていて、時の流れに身を任せている。これは永遠の命を求め、時の流れに逆らう皇帝とは真逆の考え。でも、結果的に死後もフォースと共に存在し続けるヨーダの方が永遠の命を手に入れたと言えるのは皮肉だ。

 

これまであったルーク、ハン・ソロ、レイアの三角関係をどういう風に解決するのかなと思ったら、まさかの「ルークとレイアは生き別れの兄妹でした!」に衝撃を受けた。でも、まぁ、こうしないと残り時間でスッキリとした着地点には辿り着かなかったよな。

『エピソード4』と『エピソード5』ではレイアが先導する場面が多いのでレイアの方が姉に見えるのだが、兄妹だと判明した後はちゃんとレイアが妹に見える気がする。

 

小っちゃくて可愛いイウォーク。帝国軍がこんなに小っちゃい奴らに苦戦するのか?と言う疑問はあるが、これは帝国軍が取るに足らないと思っていた種族に足元をすくわれると言う展開なので、見るからに強そうなウーキーだと成り立たないと思う。(多分、ルーク達がエンドアに降り立っている頃には帝国軍はウーキーを全員監視下に置いていると思う。イウォークと言うわざわざ監視する必要も無いと帝国軍が侮る存在でなければあの展開は成り立たない)

帝国軍との戦いでイウォークが何体か死んじゃうのは見ていて悲しい。こういう可愛いキャラクターでも戦争では死が降りかかると言うある種のドライさはスター・ウォーズっぽいなぁと思う。

 

イウォークの参戦で帝国軍と反乱軍の戦況は大きく変わる事になるのだが、そのきっかけは金ピカ神様のC-3PO。後に『エピソード1』でC-3POを作ったのはダース・ベイダーことアナキンである事が判明する。つまり、アナキンの物語の最初に登場したC-3POダース・ベイダーの物語の最後に大きく関わる事になるのだ。

 

ルークとダース・ベイダーとの戦いでは怒りや憎しみと言ったフォースの暗黒面によっていつも以上の強さを引き出したルークが勝利を収める。怒りや憎しみで主人公がいつも以上の力を発揮する、または普段は眠っていた力が目覚めると言うのはよくある展開。日本で有名だと親友が殺された事で孫悟空超サイヤ人に覚醒する『ドラゴンボール』とかがある。ただし、『スター・ウォーズ』ではそれらは否定されるもので、ルークはダース・ベイダーを倒した後にその事に気付いて戦う事を放棄している。主人公に戦う事を否定させたので後の皇帝との決戦があっけなくなってしまったのはちょっと残念だが、ここに至ると重要なのは皇帝を倒すではなくダース・ベイダーの救済となっている。決着場面は「皇帝が倒された」ではなく「ダース・ベイダーが息子を守る為に立ち上がった」と言う点に着目しなければならない。

 

皇帝がどこまで予見できたのかは分からないが、結果的にアナキンが作ったC-3POがきっかけでイウォークが参戦して反乱軍は帝国軍に勝利し、アナキンの息子がダース・ベイダーをアナキンに戻した事で皇帝が倒される等、新三部作を見るに皇帝の野望実現にはアナキンの存在は必要だったが、旧三部作を見るにそのアナキンの存在こそが皇帝の野望を砕くきっかけでもあったと言うのが面白い。

 

ダース・ベイダーは生命維持装置を付ける事で生き長らえていたが、最後にそれを外して自分の目で息子ルークの姿を見る。これは時の流れに逆らっても生き続けようとした皇帝の考えから時の流れに身を任せて後の世代に希望を託すヨーダの考えへとアナキンが変わったと言える。

 

最後は文句無しの大団円!

上の方でも書いたが、ここできっちりとハッピーエンドに持って行った事こそが、スター・ウォーズシリーズが長年にわたって全世界で広く親しまれた理由の一つだと思う。